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あてもなく電車に乗った日のこと(暦のはなし・8月)

暦の上では秋ですが、日中はまだまだ厳しい暑さがつづくこの季節。一方で朝晩は少しずつ過ごしやすくなり、初秋の気配を感じはじめる頃ですね。
夏が大好きな私は、ツクツクボウシが鳴き出すとこの上なく寂しくなります。あぁ、また夏が終わってしまう……。


思い出すのは、ある夏の日、ひとりあてもなく電車に乗ったときのことです。

新卒で就職した会社で毎日朝から深夜まで働き詰めだった私は、心身を病んでしまい退職することに。訪れたのは無職の日々。社会からはじき出されたような気持ちがしました。

通院をはじめた病院の帰り道、私は駅のホームで帰りの電車を待っていました。とても暑く、空がよく晴れていたのを覚えています。帰り道と反対方向の電車が来たのを見て、なぜか、あ、乗ってみようと思ったのです。

車内に乗客はまばらで、車窓を流れる景色はどんどん緑が深くなっていきます。やがてトンネルに入って抜けた瞬間、渓谷がパァッと広がりました。

降り立ったのは、川に架かった橋の上にある保津峡駅。改札を出て、川まで下りて河原を上流に歩き、大きな岩を見付けたのでてっぺんに座ってぼんやりしていると、上流からボートが。

「え、何あれ、岩の上に人がいる!」と指さされ、「何してるんですかー?」と大きな声で尋ねられました。

少し迷って、「何もしてない!」と返しました。

あぁそうだ、私はいま何もしていないし、何者でもないし、これから何にでもなれるのかもしれない。

笑顔で手を振りながらボートが通り過ぎたとき、私はもう大丈夫な気がしました。

心と体が前を向き出したのは、暑い夏のこの日からだったのかもしれません。

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