親孝行とは?2 「金鎖記」

わたしは本を読むのが好きです。
今日は「金鎖記」という文学作品にみる、親孝行について書いてみたいと思います。

「金鎖記」の紹介

「金鎖記」は、中国の張愛玲という現代文学作家が
1943年に書いた中編小説です。
日本語訳もされていますし、映画にもなっています。

物語では、1900年代上海での、主人公“七巧”の30年を描いています。
七巧はごま油を売る家に生まれた看板娘でした。

両親を早くに亡くした七巧は、あるお金持ちの次男に嫁がされます。
当時、七巧が釣り合わない良家に嫁ぐことができたのは、その夫となる次男が、生まれつき障がいがあり寝たきりであったからでした。

家庭の中で一人身分違いの七巧は、みなから疎まれて過ごします。
やがて、七巧は内心の怒りや、やりきれなさを抑え込むことで、性格が大きく歪んでしまい、またアヘン中毒者となっていきます。

10年後、夫と姑を亡くした七巧は分家を経て、子供たち二人と三人で暮らし始めます。

やがて長男は結婚しますが、七巧は息子から聞き出した夫婦の秘密を人前で話したりと、嫁をいじめます。
精神を病んだ嫁は早くに亡くなってしまいます。
その後、再婚した二人目の嫁も七巧によって自殺へと追い込まれてしまいます。
長男はもう結婚する気もなく、母親の元で遊び暮らすようになります。

一方、長女はというと、良い学校へ入りますが、七巧の激しい性格のせいで退学へと追い込まれてしまいます。
年ごろになり、娘の結婚相手となる人が現れると、七巧は財産目当てではないかなど、なにかと文句をつけ、次々と破談にしてしまいます。
そして、娘は母と同じように、性格も気難しくなり、アヘン中毒へと落ちていきます。

物語の最後に、七巧は二人の子供たちを手元に置いたまま、年老いて死にますが、それまでの30年間、首には金の鎖をかけ続けていたのでした。

「金鎖記」のなかの親孝行

この物語は様々な読み方があると思いますが、ここでは“親孝行”というところにだけ注目してみます。

七巧の二人の子供たちは、今でいう毒親である母親に人生を翻弄されていきます。

二人はそんな母親を見捨てたり、独立するのではなく、自身を犠牲にすることを選んで親孝行をしています。

当時の時代背景も大きく関係してはいるので、比べることはできませんが、現代日本の常識にはそぐわない、そんな親孝行かもしれません。

でも、実は現代においても、この二人のように、自分を犠牲にした親孝行も多いのではないかと思います。

親の望むことをする親孝行
世間からみた親孝行

いつの時代もこの2つを目指して、子供たちは親孝行をがんばっているような気がします。

「金鎖記」の時代に

親から自立して自分の意志だけで生きていくという親孝行

という現代のもうひとつの価値観があれば、二人の一生は変わっていたかもしれません。


皆さんはどんな親孝行をしていますか?


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