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【過去記事】10 years after: 1996 NBA Finals②

 「NBA新世紀」に掲載された10年前のNBAファイナルを振り返るシリーズ、10 years after。2006年に1996年NBAファイナルについて書いた記事の2回目。この回では、1996年にアシスタントコーチで、のちにヘッドコーチになった2人のコーチの視点から書いています。

10 Years After──十年後の視点
1996 NBAファイナル
シカゴ・ブルズ対シアトル・スーパーソニックス②

「NBA新世紀」Vol.17(スポーツマガジン2006年5月号)掲載
                  (ベースボール・マガジン社)

「成功に魔法というものはない」

 レギュラーシーズンを72勝10敗で終えたブルズは、プレーオフに入ってからもカンファレンス準決勝のニューヨーク・ニックス相手に1回負けただけで勝ち抜き(11勝1敗)、圧倒的な強さを見せていた。ファイナルに到達する頃には、すでに、人々の中でその強さは伝説的なレベルにまで押し上げられていた。当時の『シカゴ・トリビューン』紙は、シリーズが始まる前から緑色の箒(ほうき)の写真を掲載し、「ソニックスを一掃か?」と煽り立てていたが、それは決して地元の贔屓目だけの見方ではなく、ソニックスが1勝でもできると考えていた人は全米的に少数派だった。実際、ファイナルでもブルズは初戦から3連勝であっという間に王手をかけている。当時のソニックスは単にシカゴ・ブルズというチームを相手に戦っていただけではなく、「歴史に残る偉大なチーム」という化け物を相手にしていたとも言える。
 そういえば、当時、毎試合後に両チームのアシスタントコーチから話を聞いていたのだが、当時ソニックスのアシスタントコーチだったドウェイン・ケイシー(現ウルブズヘッドコーチ)が、ソニックスが連勝した第5戦後にこんなことを言っていた。
「3連敗(第1戦~第3戦)した後、ブルズが新聞に書かれているような完全無敵なチームではないということをうちの選手たちにわからせる必要があった。ブルズはもちろんいいチームだ。でも、1年前、ジョーダンがいなかったときは5割のチームにすぎなかった。ブルズのロスターをよく見ると、例えばロングリーはミネソタにいた選手なわけだし、決して勝てない相手ではないことがわかるはずだ」
 ロングリーが在籍していた当時のミネソタ・ティンバーウルヴスはまだケビン・ガーネットが加入する前で、1シーズン通して30勝したこともない弱小チームだった。そのチームからやってきたロングリーが、ブルズのユニフォームを着て、ジョーダンとともにプレーするだけで最強チームの一員となってしまう。若いソニックスは、そんなイメージや先入観とも戦っていた。
「それが、チームが作り出すオーラであり、私たちがどれだけいいチームだったかの証でもある」と、当時ブルズのアシスタントコーチだったジム・クレモンスは言う。「ブルズの選手たちは別にスーパーマンでも何でもない。マイケル・ジョーダンですら、素晴らしいバスケットボール選手ではあるけれど、スーパーマンではない。トライアングル・オフェンスという素晴らしいシステムを持っていたけれど、それも選手が一体となってプレーして初めて素晴らしいシステムとなる。あのときのブルズには、意思の力、求める心、競う気持ちがあった。だからこそ、歴史を達成することができた」。
 クレモンスは、その翌年にそのことを嫌というほど思い知らされることになる。当時、将来有望なNBAコーチと評判だったクレモンスは、このファイナルの直前に、翌シーズンからダラス・マーベリックスのヘッドコーチになることを決心していた。
「ヘッドコーチとなる、いいタイミングだと思ったんだ」とクレモンスは当時を振り返って言う。しかし、実際には選手の競う気持ちも何もない環境では、トライアングル・オフェンスは全く機能しないどころか、理解もされず、オーナー側には辛抱強くチームの成長を待つ姿勢もなく、2シーズンもたたないうちに解雇されてしまった。
「成功に魔法というものはない。魔法の粉をかけたらすべてうまくいくというわけではない。結局、時間をかけて努力していくしかないのに、そのことを理解してもらえなかった」とクレモンスは振り返る。

                            (③に続く)

            10 years after: 1996 NBAファイナル
              ①「72勝」をめぐる10年後の不思議な縁
              ②「成功に魔法というものはない」
              ③マクミランの涙、ジョーダンの涙
              ④再びNBA復帰を目指すケンプの今


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