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「ママは良い人生なの?」Vol.37            ~最終回~

年度も変わり、夫の生活も安定してきた。仕事も入院以前とあまり変わらないペースで働けるようになっている。

術前や術後直後の彼と今の彼の思考は大きく変わった。
(今の自分はどういう気持ちなのか。)
(今の自分の体の調子に変化はないか。)
この2つの問いに敏感になったのだ。大病前はありたい自分に寄せていくように心も体もコントロールすることを好んでいた。そのために無理をすることにも抵抗が無かった。優先順位の変更がとても苦手で家族にもそれらを強要することが多く、思うように進まない周りにイライラすることが多かった。

大きな病を超えて、新しい自分の生き方に進むことへの抵抗が驚くほど低くなった。本人もその自覚はあるようで、イライラし始めると「ちょっと2階で休んでくるね」とその場を離れカームダウンするようになった。回復のリズムを信じて過ごし、大きな波を起こさず心地よく過ごしている。と同時に、周りへのまなざしも少しずつ変わってきた。命の限りを身近に感じたからか、周りの状況に一喜一憂することが減りおおらかに受け止めている。もちろんその感覚は夫だけの変化ではなく私を含めた家族も同様だ。
夫は体と環境のダブルの変化だったので、変わりやすかったということもある。私や他の家族は夫の変化に化学反応のように影響を受けマインドセットしたように感じる。

スティーブ・ジョブズの言葉「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしている事は、自分が本当にやりたい事だろうか?」この問いが心の底の部分にあり自分を信じて動くようになった。良い時もそうでない時も続く毎日。何でもない日がとっても良い日。その日々が一日でも長く続きますように。

そのためにできることは何だろう、と一瞬考えるのだ。

調子の悪い人がいればその人に合わせて生きて行く。
わがままを言ってみる。
誰かのわがままを時々許す。
頑張っている人は応援する。
誰かの成功を我がごとのように喜ぶ。
誰かに何か大変なことが起こったら矢面に立って守る。
世の中は上手くいく方が稀だと理解する。
夜明けの来ない夜はない。そして、夜明け前が一番暗い。
「大丈夫」は相手に尋ねる言葉じゃなくて、相手を支えるときに伝えたい言葉。
あいさつは大切。感情をぶつけることも大切。仲直りも大切。
美味しいご飯は大切。誰と食べるかはもっと大切。
ちょっと変くらいがちょうどいい。
だいぶ変でもそんなに困らない。そもそも変ってなんだ?
また辛い時が来たらもがけばいい。来てもいないのに心配してもしょうがない。
きっと限界はないのだ。
困ったら助けを求めよう。
今を切に生きよう。

「ママは良い人生なの?」と次女から尋ねられたあの日に心が大きく動いて書き始めたこの話。夫の病気について書いているようで、実は私の気持ちを書き連ねる日記となった。まさかの大きな出来事に戦きながらも、逃げずに目の前の事に取り組んできた。そうすることでいつの間にか自分の心の弱い部分をブレイクスルーし心地よい生活を送ることが出来るようになった。不思議だが人生は面白い。明日からも色々なことがあるに違いない。その時はまた向き合おう。そう思える自分と出会えてよかった。

 患者とその家族、そして周りの人々との関わり。それらを通して感じたことを思うままに書きつらねた形でした。書くことでとても心が落ち着きました。読んでくださった皆さん、お付き合いいただきありがとうございました。
「良い人生を送りましょう!」








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