認知症になった父を、ちょっとカワイイなんて思う日が来るなんて
父が認知症になったのは、コロナ禍だった。
正確には認知症です!と正式に認定されたのが、というべきなのかもしれない。
大した病気もせず齢80を過ぎたある日、膵臓がんかもしれないと診断され入院した。幸いにもステージ0、というガンになる手前で発見され、手術も無事完了した。
入院中のある日、真夜中に父から弟に電話が入った。
「おう!ここにみんなで写真を撮るのにピッタリな、いい〜壁があるねん。今から、みんなで来たらええと思うんやー。」
「?????」
せん妄という、術後に一時的に混乱する状態だったらしい。先生は心配しなくても大丈夫とのことだった。しかし、高齢ゆえ多分それが父の認知症のスイッチを押したらしい。退院後に徐々に進行し、今や押しも押されぬ立派な認知症となった。
春にお花見にみんなで出かけた日、桜がとてもキレイで、夜には他の家族も全員集まれて楽しくドンチャン騒ぎの宴会となった。
宴もたけなわとなった頃、ドン!と音が鳴った気がした。洗面所で父が倒れていた。
「おとーさん!!」あわてて救急車に電話し、家族と救急隊と共に病院に向かった。
こんなに桜がキレイで、家族が全員揃って、父は一杯飲んで幸せそのものだった。
ああ、今日なのかもしれないと覚悟した。
幸いにも一命を取り留め、救急病院に入院した。
初日、病院に見舞いに行くと父は全くの寝たきりだった。
ああ、こんな状態を父は望んでいたのか?
もしかして助けたことは、間違いだったのか?
2日目、昨日と同じ。私は自分を責めた。
3日目、恐る恐る病室に入ると父がベッドに座っていた。「おとーさん!!!」と思わず抱きつきながらボロボロ泣いていた。私のことは名前は出てこないが、娘だとは分かるようだった。
そこからは、日々回復していった。
お見舞いに行くと、父は私たちを待ちわびて毎日看護師さん達を困らせていた。
そして毎日、今日は帰れるのか?明日は帰れるのか?と聞かれる。
私は毎日、なぜこうなったのか、なぜ帰れないかをスマホで花見の画像からスクロールしながら解説した。
すると、父は涙ぐむのだ。
鼻をすすり目に涙を溜めて、ガックリしながら。
明らかに、シュンとするのだ。
そしてどれほど家に帰りたいか、仕事をしたいかを切々と訴えてくる。言葉は正確じゃないけど、いつも胸が詰まる思いがした。
記憶が毎日リフレッシュされるので、私は毎日同じテンションで同じことを父に説明し、父は毎日同じように涙ぐみながら帰りたいと訴えてくる。
小さい子供みたいだ。
あれほどザ・昭和のガンコ親父で、私が子供の頃はすぐに怒鳴り鉄拳が飛んで来た父が、まるで小さな子供みたいだった。
あれ?ちょっとカワイイじゃないか?
父はその後リハビリを経て、無事家に生還した。
無知な私の認識で申し訳ないが、認知症という病気はとても困った病気で、ヤバくて恐ろしいイメージだった。別人のように暴力的になって、暴言吐かれたりするらしいよと。
しかしどちらかというと、むしろ昔の父はそんな感じだった。すぐ怒鳴ったり怒ったりした。
だから、もし父が認知症になっても境界線が分からないんじゃないか?と思っていた。
まっすぐで激しめの、困った父だった。
しかしその父が認知症になった今、少しカワイく思えるのだ。なぜだろう?
子供の頃の父は、家族にあまり恵まれなかった。
周囲の人に助けてもらう事も多かったようだ。
天性の人なつっこさは、その頃に身についたのかもしれない。
もしや子供がえりで、今それが存分に発揮されているだろうか?
「毎日一緒にいないから、そんな事言えるのよ」と父と一緒に生活する母には言われる。
確かに、そうかもしれない。
でも認知症になっても、頑張り屋さんで働く事が大好きな父の本質は変わらない。
まだ今のところは、かもしれないけれど。
価値観やセンスもそのままだ。
全く別の人格にはなっていない。今のところ。
そんなある日、私は父が訳の分からない同じ事を何度も繰り返し言ってくる時は、どうやら言いたい事があるらしいという事を発見した。
「今日はどこで寝るんや?」
と外出先で何度も何度も聞いて来た。
「家やで???」
と答えても、また同じ事を繰り返し聞いてくる。
どうやら父が言いたかったのは
「早く帰って寝たい。まだ家に帰らないのか?」
という事だったらしい。
単語が正確に出てこないことは私にもたまにあるが、父にはそれが頻繁に起こっている。
言いたい事の的は、ちゃんとあるのだ。しかし伝えたい単語が出てこず、近い別の言葉で伝えようとする。父はがんばって絞り出した言葉は、どうも正確に「的」に当たらず、結果「的外れな発言」になってしまうようだった。
そこに気づいてからは、質問を繰り返す時は本当は何が聞きたいのか?
近そうな事で父が言いたそうな事を、みんなでゲーム感覚で当てにいくようになった。
これが当たると、まあまあ嬉しい。
もちろん、父も分かってもらえて嬉しそうだ。
近頃の父は、私が実家に帰ると聞くと、まだか、まだかと帰るまで待ち侘びているらしい。
そしてそんな事を聞いてしまうと、やっぱり父をちょっとカワイイなんて思ってしまうのだ。
end
最後までお読み下さり、ありがとうございました!
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