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母の「何かあった時」のノートに書いてあったこと②〜心を軽くしてくれた〝手紙〟〜

続きです。

続き。

「何かあった時」

そう書かれたノートを1年ほど前に母から預かった。
エンディングノートのようなものだった。

その中に美しい詩が書かれていた。


手紙〜親愛なる子供たちへ〜


2015年6月13日

母が62歳の誕生日を迎えた翌日に書かれたものだ。

手紙

年老いた私がある日 
今までの私と違っていたとしても

どうかそのままの私のことを 
理解して欲しい

私が服の上に 食べ物をこぼしても 
靴ひもを結び忘れても

あなたに色んなことを教えたように 
見守って欲しい

あなたと話す時 
同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずに 
うなずいて欲しい

あなたにせがまれて 
繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 
私の心を平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 
消えて去って行くように見える 私の心へと
励ましのまなざしを 向けてほしい

楽しいひと時に 
私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがることきには
思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり
様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 
懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 
旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 
飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない

足も衰えて 
立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと 
私に助けを求めたように
よろめく私に 
どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 
自分が無力だと思わないで欲しい

あなたを抱きしめる力がないのを知るのは 
つらい事だけど

私を理解して支えてくれる心だけを 
持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで 
私には勇気が わいてくるのです

あなたの人生の始まりに 
私がしっかりと 付き添ったように

私の人生の終わりに 
少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 
私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を持って
笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ
手紙〜親愛なる子供たちへ〜

母がこの詩を書いた時、まだ病気は発症していないと思われる。

それから7年、まるで予測していたかのように彼女はこの詩のとおりに
今までと違う姿になった。

なんだか涙が溢れて
最後まで読むのにとても時間がかかった。

3歳と1歳の子育て真っ最中の私と
私を育てていた頃の母を重ね

人が育っていく時間と
人が終わりに向かう時間の
その両方を一緒に体感している不思議な感覚の中でふわふわしている。

とても素敵な詩だ。
調べてみると歌の歌詞だった。

歌をYouTubeで聴いてみたら
とても優しい声で
私に話しかけるように
歌う声が聴こえてきた。


調べてみるとこの方も
パーキンソン病を患っているという。

病気を発症していなかった母が
何かあった時 のノートに残した言葉

それを歌っている人も
母と近しい病気を持って生きている

いろいろな巡り合わせに
身震いした。

母は全てを
わかっていたのだろうか。

〝悲しい事ではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい〟

この詩が まるで母の本心のようで
私は放っておけなかった。

私はこの手紙を
思わぬ形で受け取ることができた。

おかげで
私が母と過ごす残りの時間は
全く違うものに変わるだろう。

ありがとう。

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