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ラブホテルのご飯を食べると泣きたくなる

語弊がないように最初に言っておきますが、これはラブホテルのご飯に対する批判を述べたものではありません。
むしろ「ここはレストランか!?」というほどハイレベルなご飯がラインナップされているホテルには毎度驚かされます。

けれども、というかだからこそ、なのでしょうか。
ラブホテルでご飯を食べるときにはいつも底知れぬ悲しい気持ちになってしまいます。

夜の深く、さらに深くにふたりだけ取り残されたような、そんな感覚。

大きなソファーで背をかがめ、オムライスを頬張りながら「おいしいね」なんて屈託なく笑うのを見ると、なおさらです。
だだっ広くて、ゴージャスで、それとは対照的に水を打ったような静けさに包まれた部屋に響く声は、僕の胸を突き抜け、じわじわと苦しめます。

僕はラブホテルという場所が苦手なのかもしれません。

カラオケやゲーム、豪華なお風呂がついている部屋はそんなに珍しくありません。
毎回遊び心がくすぐられ、こんなに豪華なところで遊んでいいんだ!と純粋にわくわくします。
でも、一通り部屋の設備を楽しんだ後に、必ずどうしようもなく寂しくなります。

それは「君」といるとなおさらです。
ふたりぼっちのこの世界で、君を、幸せにしなくては。
なぜだかそんな思いが僕を苦しめます。

誰にも罪はありません。
僕にも、君にも、ラブホテルにも、料理にも。

ただ、全ての相性が悪いのです。

基本的にテレビはつけません。
あってもゆるやかなBGMくらいです。
きっとその静けさが、ふと僕を心細くさせます。

ふわふわのオムライスからは湯気がたちのぼり、あたたかいにおいが僕の鼻をつつきます。
この部屋の中で、僕らを除けば唯一あたたかいオムライスの黄色は、なんだか異世界のもののようにも思えます。
でも、このちぐはぐ感は僕たちみたいで少し安心します。

「いただきます」

オムライスの端に遠慮がちにスプーンを入れ、口に運びます。

よく冷えたスプーンの感触と、甘いたまごの味。

「君」も同じような思いを抱いているのでしょうか。
それは分かりません。
でも、ふとした瞬間に見せる寂しそうな横顔に、その片鱗をついつい見出そうとしてしまいます。

独りよがりかもしれません。でも、もし「君」も僕と同じいきものだったとしたら、この先ふたりぼっちで生きていくことも怖くはありません。

きっと完全に分かり合うことはできないけれど、ゆっくり互いの寂しさを溶かすことができるのではないか、なんて。


舌の上にのった黄色い三角形は、味覚だけを残して消えていきます。

さようなら。

ほんのりとした甘味と、寂しさが綯い交ぜになったこの瞬間を噛みしめたいけれど、僕の意思とは全く関係なく時間は進みます。
まるで砂時計の中でさらさらと流れる時間のようでした。

さようなら。

「君」に会いたい。
冷たい風が吹き抜けるホームで対岸のラブホテルがふと目に入り、そう思ってしまいました。

胸の痛みを押し流すように、大きな音をたてて貨物列車が目の前を通過していきます。
少し遅れて一直線の風が通り過ぎたあと、視線をあげると灰色の世界が広がっていました。

屈託なく笑う「君」はもう、いませんでした。

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