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【小説】ベリーハッピー・バッドエンド

昨日の夕方、姉と映画を見に行った。
10年以上一緒に映画なんか見ていなかったけれど、「チケットあるから」と言われたら貧乏学生の私はついていかないわけがない。

最近話題の美男美女が主演を務める、ありふれたラブストーリー。
この手の物語は少し苦手だ。
誰もが自分の恋と重ねて観ていると思うと、いかに自分が「良い恋」をしていないかが浮き彫りになってしまう。
苦労の末に主人公たちが結ばれ、シアター内に祝福と安堵の空気が流れる中、きっと私だけが苦い顔をしていたと思う。
被害妄想なのかも知れない、というかその可能性が高いけれど。

映画館を出る頃には、雨が降り始めていた。
傘はなかったけれどコンビニで買うのは癪なので、覚悟を決めて袖をまくった。
両腕が均等に寒くなった。
途端、頭上に赤い花が咲く。

「天気予報で雨って言ってたんだけど」

姉は傘を傾けて笑う。
あたたかくて、やさしい笑顔。

私と姉は仲がいい。
飛び抜けてというわけではないけれど、喧嘩はしないし上手く関係構築ができていると思う。

ただ、性格は正反対だ。
姉は泥まみれになって遊ぶことはなかったし、自動二輪の免許をとったりはしない。
反対に、私はクマのぬいぐるみには興味を示さなかったし、メイクに1時間もかけない。

大人っぽいワンピースも、細く輝く結婚指輪も、きらめくような生活も。
私にはないものばかりだ。

まくった袖をくるくると元に戻す。
白いシャツについた横縞を、姉はじっと見つめていた。

「夜ご飯、食べていかない?」

映画を見たらもう帰る気でいたから、少しだけ驚いた。
姉からご飯に誘うのは珍しいけれど、そもそも姉妹で映画に行くこと自体が久々だったからか、むしろ自然な流れのようにも思えた。

土曜日のファミレスは思った以上の混み具合だ。
順番待ちの名簿に私とは違う名字を連ねる姉を見ていると、少し切なくなってしまう。

「163番」が来るまでおよそ15分。あまり会話は交わさなかった。
でもそんなに手持ち無沙汰にはならなかったので、インスタは開かなかった。

今日は奢りだというので、チーズがのったハンバーグのセットにドリンクバーとパフェまでつけた。やっぱり社会人は違うな。

あっつい石の上に乗ったハンバーグを一口分切り分ける。
写真ほどの肉汁は出ないけれど、チーズとの組み合わせは最高だ。

隣の4人家族は注文を決めるのに時間がかかっている。
ちびっこが居ると大変そうだ。

軽快で安っぽいBGMが響く。

どこかでフォークが落ちた。

「あのさ、私離婚しようと思うんだよね」

騒がしい店内の空気に溶かすように、ごく自然に言われた。
意味が理解できなかったけれど、とりあえず頷いた。

姉の結婚生活は順調だとばかり勝手に思い込んでいた。
実家での私の気まずさは増したが、それと引き換えに姉は幸せを手にしたものだと。

姉のさらりとした一言からは、紆余曲折の跡と、長い葛藤の影が垣間見えたような気がした。
ここまでくると驚くほどすっきりした言葉になるんだと、感心する。

雨はいつしか止んだみたいだった。

パフェのいちごを口に放り込む。
酸っぱくて、少しだけ甘かった。

姉は前を向いている。
ずっと隣で見てきたからわかる。

誰かにとってのバッドエンドは、誰かにとってのハッピーエンドになるのかもしれない、なんて。

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