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勇者の亡骸を抱えて【短編小説】

 魔王を倒すために、勇者はこの世界に呼ばれましたが、その魔王との戦いにて、彼は負けてしまいました。

「帰りたかっただけなのに」

 別の世界から召喚された勇者は、最後に血を吐きながら言いました。

「戦いなんてなくて、静かで、平和なところで……」

 そうして目を瞑ってしまいましたから、魔王は首を傾げます。

 噂では、勇者としてこの世界に呼ばれたものの、それまで彼は、剣を握ったこともなかったそうです。ここまで戦えたのは聖剣のおかげであるのですが、果たして、彼がもといた「戦いなんてなくて、静かで、平和なところ」とは、どんな場所なのでしょうか。

 それから魔王は、少し、ほんの少し、勇者をかわいそうに思いました。
 魔王である自分を殺しにきたとはいえ、知らない場所に突然呼び出され、握ったこともない剣を握ることになった彼。その一人旅の最後は、こんな終わり方。
 殺しにきたので、こちらも殺すしかなかったのですが、それは、どんな気持ちなのでしょうか?

 そこで魔王は、勇者の亡骸をマントで包んで、抱え上げました。
 力があれば、彼をもといた世界に帰してあげられましたが、そこまでの力は魔王にありません。
 だから「ふさわしい場所」をこの世界で見つけて、そこで眠らせてあげようと考えたのです。

 「戦いなんてなくて、静かで、平和なところ」――世界に混沌をもたらす魔王とは無縁な、そんな場所を見つけだして。

 * * *

 勇者が眠るのにふさわしい場所は、どこにも見あたりません。
 というのも、皮肉にも、魔王という存在により、世界中で魔物が凶暴化していたためでした。どこかしこで戦いが起き、悲鳴は絶えず響いています。

 魔王というのは、世界の装置でした。混沌の概念であり、いつか植物が枯れるように、世界も混沌によって終わる……そんな世界の装置である魔王を、この世界に属する人間は殺せませんでした。だからこそ、別の世界から、この世界に属さない人間、つまり勇者を呼んだのです。

 魔王は勇者の亡骸を抱え世界を見回しますが、やはりどこもかしこも、争いばかり。けれども争いのない場所も見つけました。それは防壁に守られた大きな街、いくつかです。

 ところが、争いはないのですが、静かな場所とはいえませんでした。
 この世界は終わりだと、泣き叫ぶ人々。
 勇者は一体どうしたんだ、と怒り狂う人々。
 街は彼らの声で溢れていました。

 勇者の死は、魔物達により、すでに人々に知らされていました。魔物達はそうして、人々が恐怖する様を楽しんだのです。
 だから、勇者の死を悼む者がいてもおかしくないと、魔王は思いましたが、皆、自分の身ばかり。

 別世界からきた勇者は、所詮他人。誰も彼の死を悲しみません。誰も彼の思い出を語りません。誰も彼の冥福を祈りません。

 魔王は思わずぎゅっと亡骸を抱きしめて、街を後にしました。
 それでもきっと、勇者が眠るのにふさわしい場所がどこかにあると、信じて。

 * * *

 安全だと思われていた街も、やがて魔物によって滅ぼされました。
 逃げ惑う人々にも魔物は襲いかかり、ついには世界から人間がいなくなってしまいました。

 世界は魔物のものとなりました。でもそれも、一時の間だけ。
 魔物の凶暴化は止まりません。魔物は、魔物同士で争うようになりました。世界に平穏が訪れることはありません。

 そして魔王も、勇者の亡骸を抱えていまだに世界を彷徨っていましたから、世界には「混沌」の概念が残っていて、それにより天変地異が起きました。
 空が捻じれ、大地が溶け、海は浮き上がり、残っていた命全てを巻き込み、世界は終わりに向かっていきます。

 世界が壊れたのなら、白紙の場所が広がっていました。
 壊れた世界の、なれの果てです。世界の断片がいくつか転がっています。世界が壊れ「混沌」の概念でなくなった魔王も、世界の残滓として、しっかりと勇者の亡骸を抱えてそこに立っていました。

 耳を澄ましても何も聞こえません。ただただ静寂が世界を支配しているそこは「戦いなんてなくて、静かで、平和なところ」と言えました。

 ようやく勇者が眠るのにふさわしい場所を見つけました。
 きっと、勇者がもといた世界も、こんな場所なのでしょう。
 静寂と白紙の世界に、勇者を横たわらせ、魔王は微笑みました。

 ――しかし、静けさの中、首を傾げずにはいられません。
 勇者がもといた世界とは、本当にこれほどに静かな場所なのか、と。

 魔王は勇者から離れることができませんでした。
 何故ならそこは、あまりにも寂しい場所でしたから。
 そしてきっと、勇者にふさわしい場所は、もうどこにもないのだと、気付いてしまいましたから。

【終】


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