『羊の夢』第1話
彼女を見かけたのは大体3年ぶりだった。
気付けば僕たちは何だか、自分が思っているよりも大人になっていた。
じんわりとした暑さの中、
黒いスーツに身を包み、それは懐かしい彼女だった。
ぱっつんだった前髪は就活用にしっかりと斜めで固められ、少し風が吹いても微動だにしなかった。
慣れないヒールを履いているのに彼女は姿勢が良かった。
我慢をしているんだろうか。
それとも今はヒールが嫌ではなくなったのかもしれない。
僕はと言うとパーマが残った頭に形の崩れたネクタイを締めていた。革靴はさっき歩いた砂利道のせいで白く掠れていた。
いつもは靴は丁寧に扱う性だけれど。
今日は変な暑さだったし、朝は不愉快だった。
僕は声をかけなかった。
今の僕たちには久しぶりなんて言葉は似合わないからだ。
彼女を見かけて2分くらい、僕は声をかけない癖に歩き出せなかった。
こんなクサいことばかり考えているのに
声はかけられなかったし
歩き出せもしなかった。
僕の2分は長かった。
戻りたかった。
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