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メゾン・ド・プラージュ

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結婚7年。ついに理解し合えることのなかった夫との関係を解消し、故郷の海辺で人生を生き直す女性のストーリー。「赦し」をテーマにした再生物語です。週1回更新しています。
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2022年5月の記事一覧

【連載小説⑥】これからは、いつでもお茶とかできるんだ

【連載小説⑥】これからは、いつでもお茶とかできるんだ

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突然の訪問にも関わらず、ハルはいつもどおりに私を迎えてくれた。

私の行動力には驚いていたが、夫に気持ちがないことは以前から時々伝えてあった。

思い返すと結婚前からおかしな言動はあったこと。2年ほど前にそれが発達障害によるものであると気づいたこと。世間一般の専門家はこの障害でトラブルになっている夫婦に対して、本人が変わることはないという理由で別居か離婚をすすめていることを私は

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【連載小説⑤】別離と出発

【連載小説⑤】別離と出発

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ショッピングモールでの”事件”が起こったのは、メゾン・ド・プラージュへの入居を3日後に控えた休日だった。

私は夫に何一つ相談せず、着々と転居の準備を進めていた。

注文した食事を待ち続ける私を前に、自分の料理を平らげた夫を置いて店を出た私は、一旦バスで自宅へ戻った。

夫からは何度もLINEで「どこにいるのか」とのメッセージが届いていたが、私はプレビューだけを見て返事は返さず

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【連載小説④】スタートの場所

【連載小説④】スタートの場所

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電話はやはり、メゾン・ド・プラージュのオーナーからだった。高齢であることは感じられたが、声にはハリがあったし応答もはっきりしている。

「空室があるか知りたい」という私に、オーナーは不動産サイトにあった通り、老朽化のためにもう入居者は募集していないこと、2年後には更地にする計画があることを告げた。

すでに入居者のほとんどは退去し、16室あるテラスハウスには3人しか残っていない

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【連載小説③】人生をもう一度選べ

【連載小説③】人生をもう一度選べ

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メゾン・ド・プラージュを管理していたのは、全国規模で賃貸物件を扱う大手の会社だった。「もう入居者は募集していない」という担当者に強引に頼み込み、オーナーにつないでもらう約束を取り付けた。

「高齢なので、期待した返答が得られるかわからない」と渋る担当者に、どういう状況でも構わないからと、すぐに連絡をつけてもらえるように伝えて電話を切った。

しん、としたリビングで電話をにぎりし

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【連載小説②】海辺の町とサロン・ド・ニース

【連載小説②】海辺の町とサロン・ド・ニース

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10代後半まで住んだ町を、Googleマップで見つけたのは2週間ほど前のことだった。

漁村だった海辺の小さな町はすっかり姿を変えていた。

夏、週末になると水着の上にワンピースをかぶり、浮き輪をかついで出かけた砂浜は、何年も前に護岸工事が完了していた。タコ壺がいくつも並べられたバラック小屋は、コインパーキングになっていた。

考えてみれば当然のことだ。

目の前にある島との間

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【連載小説①】すれちがいと最後の食事

【連載小説①】すれちがいと最後の食事

ごちそうさま、と夫は席を立った。

ランチに入ったレストランでオーダーから35分。私の前にはまだ何の皿も置かれていない。

恐らく、店の人は忘れているのだろう。夫はその間、自分の目の前に置かれた食事を一度として私とシェアすることも、連れの食事はまだかと尋ねることもなく食べ終えた。

同じことはこれまで何度もあった。無神経な夫に不満をぶつけたこともある。

けれど今の私に怒りはなかった。いつもと同じ

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