新しい概念への移行にとまどう

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こないだブログに書いたこととダブるけど。
今のことは何でもどこでも記録しておきたいきぶん。
もう元の世界には戻れないだろうこの過渡期をどう過ごしていたのか、あとから振返りたくなりそうだから。
それに、記録自体は今はとても大事だと思う。
もしこの時期に何かあったとしたら、体調や食事や行動や気分などの記録は重要な参考データになるのだろうから。

前述の、最近ブログに書いた「天然ものを作りたくても1%人工物いれたら別物になる」メタファーにも書いたように論点や着眼点の違いでいつまでたっても平行線で疲弊、みたいな事、こういう難しい時期には結構あるんじゃないかな。

私は思うよりも自分を客観視するのに苦戦しているらしい。
不安、イライラが予想以上にストレスになっていて(自粛警察にはならないけど)正義感の違いにイライラするような事多くて外に出たくない。過剰な期待がコントロールフリーク的な状態になっているのかも。

いまは本当に「自分だけは大丈夫」って思っちゃいけないケースだ!と力み、まるきり健康体でもないからよけい神経質に注意深く過ごしていて、ある一部の人をみてると「なんて傲慢なんだ」「なんて恐ろしい」と思うこともある。

多様性、個性で片付けられない状況ってしんどい。そういう健康、社会問題はホントに困ってしまう。情報が錯綜し、混乱してネガティブな集合意識も育ちその影響を意識しているよりも受けている。私HSP、エンパスだし…さ。

いろんな理由と状況があって置かれている立場は人それぞれでなんともコメントできないようなことばかり…
だからこそ今は情報の内容はきちんと選び、その量も適量に、日々健やかに過ごすということ事にフォーカスする。無知と偏りは危険よね。
現時点で、先の具体的な計画は練りようがないから、どんな世界になっても私にとっての心地よさは何かな、ということを毎日考えている。

となると……やっぱり庭がほしい、森の中、美しい水辺の近くにいたい、という想いが溢れてくるのだな。植物全般についてももっと学びたい。
人、動植物、地球がみんな自分らしく多様性を尊重しながら健やかな世界をあきらめないような生き方を問いかけ続けていきたいよ。
流れは清らかに、淀まないこと。
「結果にとらわれないこと」ってバシャールが言う。それ忘れたくない。

もう元には戻れない、古い概念と不要なパターンは手放して、新しい概念へ。本領発揮のチャンスかも。全ては機会、この信念はいつもあり。

春と秋の楽しみの薔薇をはじめとして、花々にも癒やされる毎日なんだ。ありがたい。

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