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イギリスで観たスペシャルズはこわかった

テリー・ホールが亡くなってしまった。63歳で、早すぎる。


今から10年前、自分は大学の交換留学でイギリスのバーミンガムに住んでいた。

イングランド中部に位置するバーミンガムは首都ロンドンに次ぐ第2の大都市、とはいえ、有名なものといえば、Baltiというカレー料理や、結構「クセつよ」なミュージシャン(ブラック・サバス、ELO、ムーディー・ブルース)、Cadburyチョコレート、くらいだと思う。

スペシャルズが出てきたコヴェントリーはバーミンガムの隣の街で、同じWest Midlandsという地方に属している。産業革命を支えた工業地帯から出る黒い煙から、その一部は「Black Country」と呼ばれる。

大学では授業についていけず、友達もできず、俺は何しに来たんやと思いながら、おっさんみたいに近所のパブでギネスを飲み、レコ屋へ行き、ライブを観に行ったりしていた。自信があった英語力は通用せず、シャワーは出ないわ、電車は止まるわ、ストでショッピングモールに閉じ込められるわで、留学の7割くらいは「大変」だった。生まれ育った北関東で20年を過ごし、「イギリスに行けば何かが変わる」くらいとしか思っていなかったので、割と挫折した。自分が変わらないと、本当に何も変わらなかった。

2022年の今でも毎月返済している奨学金を使って、ここぞとばかりにたくさんライブを観に行った。レイ・デイヴィス、エルヴィス・コステロ、ポール・ウェラー、リチャード・トンプソン、ノエル・ギャラガー、マイブラ、リトル・バーリー、ニール・セダカ、ザ・ヴュー、ジ・エナミー、あとはローカルのインディーバンドとか。チケットは安かったし、なにより来日公演にはない、現地で観れるという特別感があった。

一番印象に残ってるのがスペシャルズのライブだった。2013年5月21日、バーミンガムのO2 Academyへ観に行った。

今でもめちゃくちゃ印象に残ってる理由。一言で言うと「こわかった」。まず、このO2 Academyへ向かう夜道が既にこわかった。

多人種・多民族社会のバーミンガムでは日頃から犯罪やデモやストがかなり多く、暗くなってから1人で外出することはほぼなかった。あっても学生寮と学校の行き来くらいだった。

その夜はタクシーを使えばいいものの、ケチって駅から早歩きで人気のない暗い夜道を歩いてしまった。まじで「Ghost Town」のPVのようだった。

今思えば絶対しないけど、スペシャルズが歌った「Ghost Town」のような、サッチャー政権時代の荒廃した都市の空気感を勝手に疑似体験した気分だった。

会場には当然の如く、自分のようなアジア系の若者など一切おらず、いたのはほんまもんの地元のスキンズのおっさんたちだった。みんな腹がでっぷり出て、フレッドペリーのポロシャツをしっかり上までボタンを留めていて、見ているだけで苦しそうだった。でも今でもスタイルをそのまま貫いている感じがかっこよくて、それだけでめちゃくちゃ嬉しかった。実際、そんな人たちはイギリスに住んでてもあまり見かけなかった。(人が服に気を遣っている、ということを周りで感じることすら、ロンドンくらいでだった。)女性たちもそうで、髪型とかサスペンダーとか、映画や雑誌で見た通りだった。さらに面白いのは、彼らは子供たちを連れてきていて、2世代でフレッドペリーにスキンヘッドをやっていた。「続いているんだ」と思った。

そんなわけで、アジア系の自分は周りにめちゃくちゃ見られ、かなりこわかった。一応自分も、その当時古着屋で25ポンドで買った青いフレッドペリーのジャージを着てきたので、それで「アジアの留学生なんですが、僕もスペシャルズ観たいので、お邪魔させてください」くらいのメッセージが伝わればいいと願っていた。

始まる前から、会場にはこれから暴動が起きるんじゃないかくらいの熱気があった。後ろの方で、「オイ!そこの小僧!お前背高くて見えないからどけ!」とおばちゃんが怒鳴っていた。

1曲目の「Concrete Jungle」が始まると、実際暴動のように誰もが飛び跳ね出して、自分は左から右へ、前から後ろへと流されていった。まじで自分は無事に帰れるのだろうかという不安が頭をよぎった。

セットリストは「ベスト・オブ」のような流れで、基本的に客は最初から最後まで全曲シンガロングしながら、飛び跳ねぶつかりながら熱狂する、というライブだった。途中誰かの肩に顔面をぶつけ、鼻がめちゃくちゃ痛かった。イギリスのパブに特有の、ビールと小便と汗が混ざったような臭いが忘れられない。雨が降ったかというくらい、青いジャージはめちゃくちゃ暑くて汗で濡れた。スキンヘッドのおっさんたちに揉まれながら「これがパンクなのか」と思った。「Nite Klub」の歌詞を体現しているようだった。

I won't dance in a club like this
All the girls are slags
And the beer tastes just like piss
”Nite Klub”

https://genius.com/The-specials-nite-klub-lyrics

スペシャルズが出てきた70年代末〜80年代もこんな感じだったのかと思うと、当時のスカ・パンクシーンを、それも「ほぼ」彼らの地元のバーミンガムで追体験できたような気がしてゾクゾクした。レコードを聴くだけでは伝わらない、裏道でナイフを突きつけられそうな「シリアス」で「こわい」、日常の様々な不条理に怒っているような感覚。そしてそれを発散したい欲求が、ぶつかり合っていた。スペシャルズ以外でも、「自分の若い頃はジャムが全てだった」とか、「クラッシュが10代のサウンドトラックだった」とか、当時のサッチャー政権の時代を生きたイギリス人がよくSNSのコメントとかで呟いているのを見る度に、それらの音楽がどれだけ重大な存在だったのかを想像したりするけど、これが「それ」に近かったのではないかと思う。

それからも、人種間の緊張を日常的に感じるバーミンガムでの生活を通して、スペシャルズの音楽がどう受け入れられてきたのか、肌感覚で理解できたような気がした。

ロディ・ラディエーションは文字通りギターを掻き回していた

そんな熱狂の中で、冷静にタイトなドラムを叩き続けていたジョン・ブラッドベリーは、数年後に亡くなってしまい、その時はもうとても悲しかった。ロカビリーギターのロディ・ラディエーションも、その頃スペシャルズを抜けた。オリジナルメンバーが少なくなった2017年の来日公演は、結局自分は観に行かなかった。

テリー・ホールはずっと真顔だった。「本当に自分が面白いと思わない限り笑うことはない」みたいなことをインタビューで(多分)言ってたように、ライブでもほとんど笑わなかった。周りの少しイカつい感じとは対照的に不良少年みたいなナヨっとしたボーカルや、シャープでずば抜けたファッションのセンスはやはりとても魅力的だった。

この時のライブのハングオーバーのようなものが自分の中では長く残ってしまい、それからことあるごとに自分は1人で近所のパブへ行き、ギネスを頼み、iPodでスペシャルズを聴いて「ととのう」、というイギリスのおっさんのようなルーティンができ上がってしまった。

不思議なことに(でもないけど)、自分は現地の大学では友達が全くできなかった割に、パブやストリートで会う地元民(working classの人々)とは束の間でも楽しいモーメントがたくさんあった。たまに酔っ払ったおっさんが「お前何聴いてんの?」と聞いてくると、「スペシャルズ」とか「スタイル・カウンシル」とか応えれば、彼らは嬉しそうに当時の話をし始めた。

深夜、バス停で10代のミュージシャンに話しかけられ、そいつの家でハウスパーティーやってるというからついていき、アコギでジャムったり、iPodで音楽流しながら、スペシャルズの「Rat Race」最高だよな!なんて話で盛り上がったりもした。初めは危険な奴なんじゃないかと少し警戒してたけど、そいつは純粋に音楽が好きな、ソウルフルな声で弾き語りをするシンガーソングライターだった。今でも新曲をリリースしてるから、ずっと応援している。

スペシャルズで一番好きな曲はとにかく「Do Nothing」だった。2ndの『More Specials』はジェリー・ダマーズによる実験的な要素(Muzak)が増えたけど、それが1stからのスカ/パンク路線と絶妙なバランスが保たれていて、その独特な「スペシャルズでしかなさ」が、個人的には1stと同じくらい好きだ。「Do Nothing」はその典型のような曲で、あえての「ダサイージーリスニング」なストリングスシンセのユルさとは裏腹に、社会に行き詰まったような辛辣な歌詞が当時の自分にズバズバ刺さった。

Each day I walk along this lonely street
Trying to find, find a future
New pair of shoes are on my feet
Cos' fashion is my only culture

Nothing ever change, oh no...
Nothing ever change

I'm just living in a life without meaning
I walk and walk, do nothing
I'm just living in a life without feeling
I talk and talk, say nothing

https://genius.com/The-specials-do-nothing-lyrics

今で言うクリスマス「ダサセーター」を着て、真顔のテリー・ホールが歌う「Do Nothing」。まじで揺るぎないattitudeで、いつでもここに戻ってきて、冷静になりたいと思えるくらい、いつも社会や音楽に対して「シリアス」で「こわい」。あれから10年経つ今一層そう感じる、とも言えるかもしれない。

RIP Terry Hall (1959 - 2022)

当時イギリスで買ったUK盤1stと、ちょうど最近地元のレコ屋で手に入れたフランス盤2nd

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