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津野米咲とハロプロの話

赤い公園のギタリストで、数多くのグループに楽曲提供もこなすソングライターである津野米咲。今年の10月18日にこの世を去りました。
僕にとっては日本で1番大好きなギタリストで、大好きなソングライターでもありました。

今回はそんな彼女が生前愛してやまなかったハロー!プロジェクトのグループに提供した楽曲を紹介したいと思います。

赤い公園の楽曲もそうなのですが、津野米咲が書く曲は絶望と希望が同時進行に入り乱れていて、歯を食いしばりながら笑っているような楽曲が多く、今思えば抱え込むものが大きかったり繊細すぎる故に感じ取る物事が多すぎたのかもしれないと思う。
そういった繊細さ、切なさをアイドルという笑顔や明るさ、ポジティブさを打ち出す人たちの視界を通すことでまた新しい楽曲の見え方を感じることができる。
そんな感じで今回は紹介できたらいいなと思います。

1.モーニング娘。'16 『泡沫サタデーナイト』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:鈴木俊介
2016年5月11日発売の61枚目のシングル
物凄くモーニング娘。感も強く、リズムにも"16ビート!!!"感もガッチリあって、ファンキーで盛り上がる多幸感抜群の楽曲。
サビの「誰も彼もが日本の主役だ」という歌詞は非常にモーニング娘。らしく、つんくさんへのリスペクトもバチバチに感じる。
津野米咲がハロプロに提供した初めての楽曲がこの曲だったので、割とすんなり入ってきたというか、このイメージは強いけど、改めて考えると津野米咲楽曲にしてはいつもとはイメージが違う気がする。ある種、自分という人格から切り離して書いた曲にも思える。
ただ、歌詞を読むと日々の劣等感や人間関係の複雑さに嫌気がさして、土曜日の夜に色んなことを捨ててしまいたい!という"日々に嫌なことがあって当たり前"という世界観で描かれた楽曲なので、メロディや曲調に反してすごくネガティブな世界線。
その感覚というのが津野米咲の描く楽曲のスタンダードな世界観であるということは赤い公園の楽曲を聴いても感じることですね。

2.°C-ute 『夢』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:佐々木貴之
2017年5月3日リリースの°C-uteのベストアルバム『℃OMPLETE SINGLE COLLECTION』に収録された楽曲。
津野米咲自身が1番好きだと公言していたグループがこの°C-uteなので、この楽曲にはひたすら津野米咲から°C-uteへの愛が詰め込まれている。
結成時10歳になるかならないかのメンバーで結成された°C-uteは12年の活動を経て、みんながそれぞれ大人へと成長していくその過程と、この先の人生を生きていくこと全てをファンである自分からの"夢"と表現した曲なんだろうなあと聴いていて感じる。
とにかくど頭のコード感から展開、サビで急に視界が開けていくところまで全てが全て"THE津野米咲"。
しかし、サビの"夢を見させてドキドキさせて おばあちゃんになってもまだずっともっと"
の歌詞の部分で、おばあちゃんになった津野米咲に出会いたかったと思い、とてつもなく寂しい気持ちになってしまう。

3.鈴木愛理×赤い公園『光の方へ』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:津野米咲
2018年6月6日リリース鈴木愛理の初のソロアルバム『Do me a favor』収録曲。
°C-ute解散後に初めてリリースされたソロアルバムでの赤い公園とのフィーチャリング楽曲。
このコラボが発表された時は、赤い公園から前のボーカルである佐藤千明が脱退していたタイミングだったので、鈴木愛理が赤い公園に加入するのかと勘違いして震えた覚えがある。
他の提供した楽曲とこの曲が大きく違うのは、あくまでも”赤い公園の津野米咲”であるというスタンス。
これにより赤い公園の持つポップでキャッチーな部分と、ノイジーでバキバキした部分がどちらもしっかり出ているので、間奏のギターソロでは津野米咲のハイパーシューゲイズギターが聴ける。
そして鈴木愛理から溢れ出るポジティブなエネルギーが、俯きそうな感情を根こそぎ浄化させてくれる感がある。
この曲の歌詞は全体的に掴み所がありそうで掴めないフワッとした感覚がある。印象的なサビのパートは鈴木愛理が歌うから楽しそうに明るく聞こえるけど、なぜか突然切なく聞こえる時もある。
周りがどうであれ、何かが変わったとしても、自分自身が一番求めているものを見失わずにいようってことなんだろうけど、そもそも"光の方へ"と歌う時点で暗闇にいることが前提になってしまっている気がする。とても分かる。

4.つばきファクトリー『笑って』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:平田祥一郎
2017年7月26日リリースのシングル
まず単純にめちゃくちゃ名曲。メロディーにも展開にもどこにも無駄がなさすぎる。このファンキーでアップテンポなビートの溢れ出んばかりの圧倒的ハロプロ感。
普通に聴いていると明るく、ポジティブな楽曲にも聴こえるがメロディのせいなのか、サビの"泣きながら踊る感"が最高に感じられる楽曲。
"笑って笑って笑って 笑い疲れたら涙が出そうだ"というサビは、アイドルでいるということは笑顔でいなくてはいけないというアイドルの使命の向こう側に触れる感じがして、聴いていて思わずグッとくる。
ステージで笑うために歌やダンスを人一倍練習して、自分のための日々の努力をして、様々な感情を乗り越えてステージでたくさんの人に笑顔やエネルギーを届けている。
だけどどんなに完璧なアイドルでも疲れたり、辛くて笑えない時もある。
そんな時は、"産声をもう一度"。大きな声で思い切り泣いていいんだよ。それで新しく始めようというメッセージだと解釈している。
アイドルからこういうメッセージを歌われるとすごくポジティブな気持ちになれる。
笑顔は素晴らしい才能だと思います。
笑顔でいるってそんなに簡単なことじゃない。

5.こぶしファクトリー『TEKI』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:宮永治郎
2016年11月30日リリースのアルバム『辛夷其ノ壱』に収録された楽曲。
1分54秒のアイドルの曲やポップソングでは異例の短さの勢いある楽曲。
正直、この曲の歌詞が一番ギリギリだなあ...と感じる。こんな歌詞の曲を通した事務所側の判断もすごいし、渡した津野米咲もすごい。ここにどんなオファーや、やりとりがあったのかはすごく気になる。
歌詞全体を通して、生きている限り付き纏う不安や色んな世間の声や、どうしようもない身体的な問題などの見えないTEKI(敵)に対しての歌になっているけど、最終的に希望を見出したりすることなく、"死ぬまで追ってくる 逃げても無駄無駄 見えないでっかい敵"という歌詞で終わる1分54秒。なんて救いのない。
こういった曲をアイドルが歌うと決まって「アイドルらしからぬ」と言う人やメディアが現れるのだけど、もうその決まり文句古くないか?と思う。
当たり前だけどアイドルも普通に人間なので、日々を同じように学校に通ったり、仕事をしていれば色んな感情を抱えるし、死にたい気持ちになる夜もあるかもしれない。
そんなことを歌える楽曲があること、アイドルという肩書き上声にできない声を歌える楽曲があること、それをこの子たちに提供したこと、それはとても素晴らしいことだと思います。

6.Buono!『ソラシド〜ねえねえ〜』

作詞・作曲:津野米咲 編曲:西川進
2016年9月21日リリースのBuono!通算14枚目シングル。
また現れたぞ鈴木愛理。もう本当にダントツで名曲。
Buono!らしい爽やかな曲で、3人の個性もハッキリ出ていて、Buono!にとってはラストシングルとなったが、この曲が最後にリリースできて本当に良かったと思った。
繊細な心を持って生きていくことは難しくて人一倍抱え込んでしまうけど、なんとか生きていこうとしているこの曲がたまらなく愛おしい。
歌詞は全体を見ても素晴らしい流れになっていて、ひとつのフレーズに着目して読んでも細かい描写や心の機微まで読み取れて、美しさと切なさが同居している感覚に思わず掴まれる。
"他の誰でもない君の人生は君だけが生き抜ける"
こんなこと改めて言われなくても分かってるし、様々な楽曲の中で歌われてきたことなのにこの曲の歌詞の中で歌われると深く胸に刺さりすぎる。
アイドルという職業は簡単にあちこちから色々と言われやすい職業で、体型や顔やルックスのことや、ひとつの発言、態度や表情だけで知りもしない人間から心ないことを言われることもたくさんある。
10代からプロのステージに立ち、お給料の発生する仕事という責任と重圧、アイドルという常に完璧を求められる空気の中パフォーマンスをして、辛いことも日々あるでしょう、生きていくことに怯えることもあるでしょう、そういうことを全て隠してステージ上では完璧なアイドルを演じる彼女たちが歌うからこそこの曲が強く響く。

この"それでも生きていこう"というスタンスは津野米咲の書く全ての詩に通じるもので、この曲は特にそれが凝縮されたものだと感じた。
そして、アイドルという視界を通すことでより広い意味でこの気持ちが浸透していく。
最後の鈴木愛理が"忘れないで"と歌うこのフレーズがこんなにもグッとくるのは、津野米咲の心の叫びを完全に憑依させて歌っているからなのではないかと感じた。

昨年のハロコンで歌われた『ソラシド〜ねえねえ〜』がすごく良かったので、こうやって歌い継がれていってほしい曲だと思いました。


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こうやって振り返ってみても津野米咲が作る楽曲はどれもキャッチーで楽しくて、だけど同時に切なさもあって、"誰かに届いてほしい!"という想いの強さを感じる。
SMAPに提供した「Joy!!」でも国民的アイドルに"無駄なことを 一緒にしようよ"と歌わせることは本当に凄いことだし、誰かが必ず必要としている言葉をちゃんと伝えられる人で、きっとたくさんの人が救われたと思う。
だからこそ余計に米咲ちゃんが命を絶ってしまったことの悲しみと喪失感は大きく、米咲ちゃんが必要としていた言葉はこの世界にはなかったのかな...と思ってしまう日々です。

これからもこの楽曲たちが多くの人に届いて、何かのきっかけになればいいと思うし、全ての人に優しい世界が新しく始まり続けたらいいなと思いました。

"上手くやれるほど強くない
逃げてしまうほど弱くない
ちょっとした痛み
心に逐一積もるけど
他の誰でもない
君の人生は
君だけが生き抜ける
忘れないで"

素晴らしい歌詞だ。

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