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正社員から契約社員への契約変更の取扱い

【相談事例】

当社は正社員(無期労働契約)としてAさんを採用しましたが、採用後3ヶ月の試用期間中に服務規律に反する行為が散見された為、本採用を拒否する旨を試用期間満了日に書面通知致しました。
その代替措置として雇用関係を打ち切らずにそのまま契約社員(有期労働契約)に変更しての労働契約の継続を提案しましたが、Aさんはこれを不服としてご退職されました。尚、賃金等、契約期間以外の労働条件に変更はありません。
この場合、当社からは雇用関係を解消した訳ではないのでAさんの自己都合による退職として取扱い、解雇予告手当の支払いは不要であると考えて良いでしょうか?

【回答】

類似する事案として就業規則の定めに基づく懲戒権の行使として、無期労働契約の正職員を有期労働契約の常勤又は非常勤講師に降格する処分が、その処分前後の雇用形態の差異に照らし労働契約内容の変更に留まるものとみることは困難として許されないとされた判例があります。「倉田学園事件」(高松地判平元・5・25 労判555-81)

根拠は次の通りです。

1)使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものである。したがって、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限度でのみ可能であると解するのが相当である。もっとも、懲戒について個別の労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との間の労働条件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律すると解される。

▶懲戒処分を行うためには予め労働契約や就業規則にその根拠が無ければダメだという事です。

2) 就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者と労働者の間はこれによって規律されるというような事実たる慣習は存在しないから、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律する事項は、労働契約によって定め得る事項、すなわち、労働契約の内容となり得る事項に限られるというべきである。

▶但し、就業規則で定める場合には労働契約の内容となり得る事項に限られ、そうで無い場合には認められないという事です。

3) そうすると、使用者が一定の場所(懲戒権の行使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の内容の変更とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないから、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。したがって、就業規則にそのような事項が定められても、それは労働契約を規律するものとはなり得ないというべきである。

▶契約期間を無期労働契約から有期労働契約に切り替えるといった著しい不利益が伴う変更は、雇用契約の継続性は認められず従前の雇用契約を破棄して新たな雇用契約を締結すると見做されるということです。


このことは、単に懲戒処分としての契約変更に留まらず、人事評価としての契約変更にも当然あてはまります。

従って、ご相談のケースでは次のように解釈され、即ち解雇予告もしくは解雇予告手当の支払いも必要とされるでしょう。(但し、Aさんが再契約に真に同意し雇用関係が現実に解消された事実がないのであれば解雇予告や解雇予告手当の支払いは不要)

❶本採用拒否通知 → 使用者都合による無期契約の解消通知(=解雇)
❷有期労働契約の提示 → 有期労働契約による再契約条件の新たな提示
❸ Aさんの退職申出  → 労働者による再契約への不合意

本採用登用が難しいと判断されるのであれば無期労働契約のまま試用期間を延長される(予め延長が可能である旨の定めが必要)、もしくは通常の普通解雇(試用期間満了による解雇)を検討すべきであり、使用者から有期労働契約による再雇用条件を提示する場合であってもこれに同意しない場合には解雇として取り扱われるものと考えるべきでしょう。

尚、仮にこのような契約変更に労働者が同意署名したとしても、近時の裁判例(下記参照)は、「労働者が自由な意思に基づいて同意したと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在したか」どうかを強く問い、合理的理由の客観的存在が否定されれば、形式的には同意の意思表示がなされていても、同意の存在ないし効力を否定することがありますのでご注意ください

 ❖「真に自由な意思」-山梨県民信用組合事件・最2小判H28.2.29-

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって、直ちに労働者の同意があったとみるのは相当ではなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。
そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして当該行為が労働者の自由な意思に基づいて同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきである」

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



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