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日本版『同一労働同一賃金』の本質


近年、正規労働者と非正規労働者との格差が大きな社会問題として浮上しています。
その背景として挙げられるのは、非正規労働者の急激な増加です。2017年調査では全労働者に占める非正規労働者の割合が37.3%に達し、バブル経済崩壊の1994年と比較すると1.8倍強に達しました。アベノミクスでの成果が賃金・雇用面で上がらない原因がここにあるとして、政府は2016年6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」で働き方改革を重要課題と位置づけ、その冒頭に「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の処遇の改善」を掲げました。

具体的には、企業の自発的取り組みに委ねるソフト施策として「最低賃金の引上げ(に伴うベースアップ)」や助成金、税制改正。ハード施策として民事法規である労契法20条(均衡待遇規定)を平成32年4月1日(中小企業は平成33年4月1日)から罰則、行政指導の対象であるパートタイム労働法に組み入れ、「パート・有期雇用法(正式名称:短時間労働者及び有期労働者の雇用管理の改善等に関する法律)」と名称を変更し全ての有期雇用契約労働者を対象とした行政法規に改正することが決まりました。

この法律を先取りする形で正社員と非正規社員との待遇格差が問題となった「ハマキョウレックス事件」、正社員と嘱託社員との待遇格差が問題となった「長澤運輸事件」の両最高裁判決が示されたことは記憶に新しく、両事件の判決日を昨年6月1日と一致させたことが同一労働同一賃金に対する社会的認知を高める為だと勘繰れば、政府の強い決意の現れとも受け止めることができます。

これまでも労契法20条(乃至、民法709条)を争った裁判は存在しますが、全ては下級審止まりであり、今回初めて最高裁判決が2例示されたことが今後の下級審での判決に影響を与え、つまりは各企業の正規・非正規の格差議論が活性化することは容易に想像されます。

この全体像をまとめたのが下表になります。

 © 社会保険労務士法人 淀川労務協会


昨年実施された下記、アンケートでは、同一労働同一賃金の法制化に対する取り組みとして、「職務定義・職務区分の細分化」や「非正規社員の賃金の引き下げ」が大きな比率を占めました。このアンケート結果が真なるものとすれば、各企業が非正規労働者に支払っている賃金はその仕事価値等から評価して正当な範囲(もしくは過支給)にあり、仮に問題があるとするならば、仕事の垣根をあまり明確に仕切らずルーズに運用していることによって、非正規労働者の一部で本来期待しない正社員寄りの仕事をさせてしまっていることにあると考えていることが伺えます。


出所:(詳細版)同一労働同一賃金に関する企業の取り組みアンケート調査結果(2017.10 新経営サービス人事戦略研究所)


一方、政府はアベノミクスを本当の意味で成功させるべく実質賃金の上昇と物価の伸びに勢いをつけるためのトリガーとして正規労働者と非正規労働者との賃金格差の是正に取り組んでいるのであって、法制化によって、仮に全労働者に占める非正規労働者の比率に顕著な改善がないまま「正社員は正社員の仕事」、「非正規は非正規の仕事」とさらに格差を助長する差別化の流れになれば本来の目的を逸することになり、おそらくは政府は『更なる策』を講ずることになるでしょう。

上記のアンケートでは同一労働同一賃金を実現するための課題として「生産性の向上」を挙げる企業が高い比率を占めていますが、各企業が政府の思惑通りに非正規労働者の処遇改善を進められない一番の要因は人件費支払能力にあるものと思われます。

「日本の労働生産性は世界的に低く、同一労働同一賃金の実現には労働生産性の向上が必要」とステレオタイプに説く方がいらっしゃいますが、半分正解であり、半分間違いです。
実は下表のとおり企業の経常利益は平成21年以降顕著な伸びを示しており企業の生産性は上がっています。それが人件費に回らずに労働分配率が低下し、内部留保が急激に積みあがっているというのが実情です。(中小企業も同様) 財務省が公表した2017年の企業の内部留保は前年度比10%増加し446兆円となり過去最高を更新しました。現状の労働生産性でも人件費への分配を優先しようと思えば比較的容易に出来るのです。

但し、この内部留保の積み上げは世界的な流れでもあり、経営者の強行という訳ではなく、バブル崩壊やリーマンショックを経験した従業員(正社員)が賃金の上昇よりも自社の経営安定性を高めることを要求した結果であるという見方もあるようです。
企業としてはグローバル化の到来を踏まえ、内部留保を積み上げるという財務政策は今後も変えないでしょうから、非正規労働者に分配する余力を生むためには今以上の利益率の向上が必要ということになり同一労働同一賃金の実現を阻む大きな要因となるでしょう。 


以上を理由に、法制化や最高裁判例によって同一労働同一賃金が日本企業に急速に浸透することはなく、非常に緩やかに進むのではないかというのが私見です。
仮に急速に浸透することがあるのであれば、麻生財務大臣が時折匂わせる「内部留保課税の導入(但し、賃金ではなく配当に回る可能性あり)」や、「解雇や賃下げの容易化」が絶対条件ということになり、これがおそらくは先に述べた政府の『更なる策』ということになるのでしょう。


 © 社会保険労務士法人 淀川労務協会


政府は実質賃金の向上による物価上昇の早期実現を目的としていますから、上表、「同一労働同一賃金の実現に向けた中間報告」からわかるように、法改正を先取りする形での最高裁判例を根拠として、各種手当の均衡化(つまりは非正規労働者に対する正社員と均衡した手当の付与)を先行することを各企業に期待しているようです。

勿論、通勤手当のように明らかに不均衡であり人事制度の再編にあまり影響を及ぼさない手当については早期見直しが求められるでしょうが、各種手当を個別に見直すことを先行し、法改正後に基本給や賞与、福利厚生、中高齢者や再雇用者の処遇や複線型化を含めた人事制度全体を見直す2段階対応とした場合、不利益変更の問題により総額人件費が想定以上に膨らむリスクが生じます。

先に述べたとおり私は同一労働同一賃金が日本に定着するとしてもそれは非常に緩やかに浸透するものと考えておりますし、この問題は企業の人事戦略等を激変させる可能性がありますから、労働環境、雇用情勢の動向を見定め、労働者との対話を含め時間を掛け丁寧に進めなければならないだと考えています。

最高裁判決や法制化によって確かに争議リスクは高まるのは事実ではありますが、均衡待遇等を争う裁判は、ドライバーや売店販売員といった客観的にも職務が均質な業態(職務給であるべき業態)や、大学や日本郵政のように旧態依然とした構造によりその解決のためには裁判という手段をとらざるをえない事案に限られているという見方もできます。

争議によって非正規労働者の職務や職責が制限されヤブヘビとなったり、人件費負担の問題で正社員の賃下げ議論に発展し両者に不協和が生まれる等、非正規労働者にとっても問題化するにはリスクが伴います。この種の問題は法改正によって簡単に争議が頻発するとは思えません。

人事制度は会社の文化を創造し、変えるものです。
社会的要請に足並みを合わせる必要はありますが、焦らず、ゆっくり、各企業の理想の形を目指して取り組んでいってください。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会






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