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産声(2)

「やりたい!」即答のLINEがはいった。
当たり前だ。そうでなくてどうする我が娘。

「Nさん是非やらせてください。ありがとうございます。早速ですが、ギターの受け渡しは如何しましょう。」
「…あ、ですよね。全然考えてなかった…どうしましょうか。」

Nさんはやると決めたら一直線の人。こんな風に「フッ」と何かが抜けてしまうところもまた、Nさんだ。少し笑ってしまった。

「宜しければ娘と共に東京まで出向きますよ(笑)。私は楽器に関して素人ですし、他に要望もあるかと思いますので。直接娘とお話しして頂けると嬉しいです。」
「そうですね。では簡単ですが、ギターの不具合や気になるところを連絡させて頂きます。」

■牛骨ナットの面取りが出来ていない。
■センターのピックアップから音が出ない。故障ではなく、線が繋がっていない可能性大。
■ネックの反り、フレット音痴、ピッチが甘い。

「娘に転送しておきます。私が聴いても何のことやらで…はは。」
「そうですよね(笑)普段から営業の関係で名古屋方面に出向くことがあるので、タイミングが合えばそちらまで持っていけるかもしれません。調整してみますので少しお時間頂けますか?」
「分かりました!では、連絡お待ちしておりますので。」

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2019年9月4日

登録のない携帯からの着信は出ないことにしている。ただでさえ電話は大の苦手だ。
途切れた後、LINEのアラームが鳴った。

「今少しだけお電話可能ですか?」

Nさんからだった。
(しまった。こないだ電話番号交換してたのに登録してなかった…)私はすぐ…いや、一呼吸して折り返しの電話を入れた。それほど電話が苦手だ。

「お疲れ様です!すみません電話出られなくて。」
「いえいえ!こちらも急ですみません。実は…今週の金曜日なんですけど、静岡向かう仕事があるので、時間が合うようでしたらそのタイミングでギターをお渡し出来るかと思いまして…あ、ていうか明日ですね。ははっ。」

「へ?あ…ほんとだ、明日ですね(笑)大丈夫ですよ!私は時間に自由が効くので。」
「仕事のついでに…なんていうと失礼なん…」
「いやいやいや!むしろありがたくて!助かります!」

Nさんの言葉に被せるように、私は我慢せず思いを口にした。本当に嬉しかった。それだけだ。

「夕方4時ごろには名古屋に着きます。今回は宿泊の予定にしてるんで、よかった飲みませんか?これからの事や、近況もお話したいし。」
「そうなんですか。あ!泊りならSLY行きませんか?あそこならゆっくりお話できますから。砂短も喜びます。」

「え?砂短さん名古屋なんですか!わー嬉しいです!下北沢以来で。SLYにも行きたいと思っていたんですよ。」
「よかった。森田さんやヌーダピッシャーズとの出会いもここだったので、是非Nさんには来ていただきたくて。マスターもご紹介させてください。」

娘に一連の流れをLINEし、翌日会社帰りに落ち合うことを決め、砂短にも連絡。仕事が終わり次第駆け付けると返事があった。

畳みかけるようにスケジュールが決まっていく。こういうテンポで物事が進むときは、互いのポテンシャルと偶然が重ならないと、叶わない。精密な歯車が色々なものを巻き込み、そこに巻き込まれるように産まれて行く出来事は、得てしてこういう流れだと私は思う。

そしてその先には、良い事しか待っていないという、根拠のない自信も持っている。

そして待ち合わせは、私の心のホーム、SLY

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2019年9月5日
SLYが開くまでに食事を済ませようと、私は伏見駅で娘と待ち合わせ、小さな居酒屋に入った。
テーブルを勧められたが私は敢えてカウンターを選び、おしぼりを手にした。対面で顔を見て話すのは本音が出づらい。大切な話をする時は、なるべく隣(或いはコーナー)に座るのが私なりの流儀だ。

私は娘や息子とお酒を飲むとき、個人店に連れて行く。
チェーン店の飲み放題なら友人たちと行けばいい。
カウンターしかない焼き鳥屋や隠れ家のような小料理屋、ショットバー、スナック。これから誰かと「会話をする」目的や、「嗜み」としてお酒を飲む機会が出来た時、こういうお店で飲むことを教えたいからだ。

「仕事はどうよ?」
「うん。今は研修で座学ばっかだから…仕事ってわけじゃないんだけど、こんなことやってるよ。なんか久しぶりで楽しいわ。」と、娘は鞄からノートを取り出した。

私はゆっくりとページをめくる。
平行投影法の基本図形。パース。専門用語。
脳裏に浮かぶ昔の記憶が、少し痛みを伴いながらも懐かしく溢れていく。
娘の父親が描いていたテクニカルイラストがそこにあった。

「まさかこの仕事に就くとは思わなかったけど…画風もお父さん継いでるわ。血は争えないねえ…」
「昔から見てたせいかな。お父さんの描くイラスト、かっこよくて好きだったし。」
「あなたが小さい頃、風邪ひいて病院で待ってるときも、二人で絵を描いて遊んでたしね…蒼(そう:息子)は読み聞かせだったけど。」
「それな。」

私が結婚した20歳からの四半世紀。

いいことも、思い出したくないこともあった。
でも今は、「時間」という波が記憶に丸みを付けて、お互い懐かしく笑いながら話せるようになった。

生ビールとレモンチューハイで「お疲れさん」。
頼んでいた焼きそばと肉じゃが、出し巻き卵ををシェアしながら、今度二人で行くKingGnuのライブと物販をどうするか…なんて雑談の後、話はこれからのことへ。

「ギター、どんなん来るんだろうねえ。オカンの方が楽しみすぎて。」
「それな。緊張もしてるけど。なんかすごい人なんでしょ?Nさんって。Twitter見たよ。『あかりプロジェクト』のことも。」
「ROM専だな(笑)そうだね・・・すごいというか、これからすごくなるというか、なんだろうね(笑)」
「え?よく分かってないの?」
「音楽業界には精通している人だよ。色々な人と繋がってる。だからこそ、このチャンス活かして欲しいんだよね。理迦には。」
「うん・・・でもまさか、こんなに早くリペアとか出来るなんて、思いもしてなくて。」
「そりゃそうだ。まだ新しいとこで働き始めたばっかだし、それどころじゃないもんね(笑)でもこういうのを掴めるか掴めないかって、めちゃ大事だと思ってるんよ。これもタイミングだから。」
「確かに。自分ならちょっと遠慮して、あとから後悔してたかもしれんし。」
「ほら、オカンくらいの歳になると、こういうとこは図々しくなるんだよ(笑)ただね、オカンは楽器のこと分からんし、ここまでしかできんから、あとは自分でやりんよ。直接Nさんと話しして、要望を聞いてな。練習がてらとは言ってくれてるけど、やるからにはさ。」
「だね・・・とにかく、やりたい。やってみたい。うん。」

一瞬、レモンチューハイを口にする娘の目線に力がこもるのが見えた。

時間を確かめる為に私は娘の腕時計を覗き込んだ。19時45分。
「そろそろ行こう。理迦。」
「そだね。はーお腹いっぱい!焼きそばちょっとしょっぱいなー。」
「はは。酒のつまみだからじゃない?」

そう言いながら財布を取り出すと、娘は笑いながら私から伝票を取り上げた。

「・・・ごちそうさまでーーす!」

私も笑いながら素直に両手を合わせて娘を拝んだ。

(大きくなったなあ・・・)

涙腺をじんわりと緩めつつ、私は娘が会計を済ませる背中を通り過ぎて玄関へと向かい、SLYへの道のりをグーグルマップで確かめた。

(-to be continue-)






読んでいただきありがとうございました。これをご縁に、あなたのところへも逢いに行きたいです。導かれるように。