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我が子5歳が悩んだ「死」について

さめざめには子供がいます。
我が子、控えめに言ってめっちゃ可愛いです。
さめざめからこんな子が産まれるなんて思いもしませんでした。
もうね。
毎日が喜びと驚きですよ。

そんな家族がいると家に帰りたくなります。
もうね、仕事とかね。
いいのよ。
仕事するよりも大事なことが家にある。
そうだよ。
家には安らぎがある!
だってこんなに可愛い我が子がいるんだから!


そういえば、先日こんなnoteを書きました。

家族って大事です。
ぼくが仕事をしているのも、お金を稼いでるのも、結局はぼくと家族の為です。
ぼくを大事にするのはしなきゃいけない。
加えて、
ぼくは家族を大事にしていきたい。
家族がいるからぼくは機嫌を保っていられます。
機嫌を保つことでなんだかうまくいきます。
いや、
機嫌を保つことで家族がうまく回っています。
機嫌って大事。
家族って大事。



そんな中、
先日、我が子(子サメ)からこんなことを聞かれました。

「ぼくはいつ死んじゃうの?」

子サメ

え?
君はまだ5歳だよ?
そう易々と死ぬような年齢じゃないよ?
どうしたの!?

さめざめは取り乱してしまいました。
それでも我が子はしくしくと泣いています。

どうした。
よし。
ゆっくり話をしよう。
ソファーに座って抱きしめながらゆっくり話をしました。

今回はそんな話です。

いったい何があったんだい?

「ぼくはいつ死んじゃうの?」

子サメ

5歳児がそんなことを言うなんて。
さめざめはショックを隠し切れません。

ただ、そんなことを話すのには何かきっかけがありそうです。

とりあえず、
さめざめなりに回答してみました。

「確かに、パパもママも子サメくんも、いつかは死んじゃうんだ。でも、すぐじゃないよ。パパもママもいつかはおじいちゃんとおばあちゃんになる。子サメくんも大きくなって大人になっていつかはおじいちゃんになるかもしれない。元気で、ケガをしないで、病気にならないで、交通事故に気をつけていれば死ぬのはもっとずっと先かもね。それなら、ご飯をしっかり食べて、たくさん遊んで、夜にしっかり寝ているのも大事だね。」
「で、どうしたの?何かあった?」

さめざめ

さめざめなりに最大限の答えを返しました。
この回答が合っているのかわかりません。
それでも、アニメや本の中で敵を倒して、敵が死んでいくのをエンタメとして見ている子供たちです。
交通事故を防止するために、道から飛び出さない声がけをしてるのも確かです。
交通事故防止のためには、交通事故にあったらどのように怪我をするのかも伝えています。
そういうたくさんのことが積み重なって、「死ぬ」ということが自分事として感じてしまったのかなと思ったんです。

とりあえずの回答でしたが、我が子からはこんな回答が出てきました。

「Aくんがね、ぼくのことを切ってくるの。手で切ってくるの。たおすぞ!って言ってくるの。あとね、いっつも追いかけてくるの。捕まると切られるの。Aくんのことキライなの。ぼくはたおされるの?」

子サメ

…ほう。
あれね?
デュクシってやつでしょ?
Aくんね。
オッケー。
パパ、Aくんを倒してくるよ。

違うわ。
違う。
そうじゃない。

そりゃあ、こんな話はどこの保育園でもあるんですよ。
ジャイアンみたいな子供ってどこにでもいます。
その子が手刀で切ってくるんでしょう。
そりゃあね、わかるよ。
デュクシなんてさ、よくあることなのよ。

ただ、我が子ってのは優しくておとなしくてですね。
本を読んだり図鑑を読んだりしているのが好きなんですよ。
ゆっくり自分の世界に入るのが好きな我が子。
その穏やかな環境を誰かに邪魔されることが耐えられないんでしょう。

そして、「自分が倒される」という、自分が悪役になってしまったような感覚があるようです。
そんな。
我が子ぞ?
めちゃくちゃ可愛い我が子ぞ?
敵になるよりも全人類皆友達みたいな穏やかな我が子ぞ?
悪役になんてなるわけなかろう。

父としてパパとして、一瞬沸点が爆上がりしそうになりましたが、いったんこらえます。
お話ししましょう。

みんな違うんだよ

さめざめは小心者です。
そんな状況で「よっしゃ戦え!」なんて言いません。
ただ、本も図鑑も好きな我が子。
ゆっくり話してみたいと思います。

「そうかぁ。嫌だったよね。Aくんのことキライになった?」

さめざめ

「うん。Aくん、みんなにも叩いたり追いかけたりするんだよ。」

子サメ

ほう。
Aくんの激しさが見える。
ジャイアンやな。

「ちなみにさ、Aくんは走るのは速いの?」

さめざめ

「うん。すっごく速いの。追いかけられると捕まっちゃうの。」

子サメ

なるほど…
これじゃ被害感が強いな。
方向転換してみよう。

「Aくんは走るのが速いんだね。じゃあ、子サメくんはどうかな?子サメくんは本を読むのが上手だよね?図鑑の生き物の名前もたくさん言えるよね?ポケモンも全部の名前言えるもんね?」

さめざめ

「うん。ポケモン全部言えるよ。危険生物もたくさん言えるよ」

子サメ

「じゃあ、Aくんと子サメくんの得意なことは違うみたいだね。Aくんは動くのが好きなんだね。子サメくんは静かに本を読むのが好きなんだね。好きなことが違ったら、遊び方が違っちゃったみたいだね。」

さめざめ

「うん。Aくんと一緒に遊ぶのやだ。」

子サメ

「じゃあ、Aくんと子サメくんが別々に遊んでたらいいんじゃない?別々に遊べる?」

さめざめ

「別々に遊んでいても追いかけてくるの。逃げられないの。お友達も追いかけられるの。」

子サメ

なるほど…
困った…
この子はジャイアンから逃げられていないのか。
被害も広がっているのか。
それならさ、戦うしかないな。

「そうかぁ。それならさ、パパからお願いがあるんだけど聞いてもらえる?」
「きっと、Aくんに追いかけられている子は他にもいるよね?子サメくんはAくんから友達を守れるかい?」

さめざめ

「ぼくね、Aくんが怖いんだ。でも、小さい子たちも怖いと思う。」
「おともだちを守るよ…!」

子サメ

「ありがとう。子サメくんはすごいね。頑張っているよ。」
「あとね、子サメくんが困っているときに、パパやママや先生に教えてくれるかな?今日、教えてくれたのはうれしかったよ。」

さめざめ

「うん。がんばる。」

子サメ

「それでね、もしできるなら、Aくんと友達になれるといいかもよ。Aくんの遊びも一緒にやって、子サメくんの遊びを教えてあげるといいかもよ。」
「Aくんのことをもっと見てみようか。Aくんも仲良しの遊び方がわからないのかもよ。」

さめざめ

「うーん…わかんない…」

子サメ

「いいんだよ。ゆっくりやっていこうね。」
「とりあえず、今日、パパに相談してくれてうれしかったよ。ありがとうね。一緒に考えていこうね。」

さめざめ

というような流れがありました。
その翌日に担任の先生に相談し、見守り体制を構築する形の打ち合わせをさせて頂きました。

正直、AくんはAくんなりに全力で遊んでいたんだと思います。
その遊び方が子サメくんや周囲の子供たちと合わなかっただけで、その子なりの遊び方をしていただけなんだと思うんです。
まだ5歳の子サメくんには難しいかもしれないけど、相互理解と協働ができれば少しずつ共通の行動様式ができてくるのではないかと思うんです。

難しいな…
これが正しい答えなのかわからないな。
でも、あの時に、パパはパパなりに答えを出して伝えました。
他の人が見ると、全然正しくない答えかもしれません。
でも、これが、ぼくができた最大限の答えです。

さめざめもパパとして少しずつ様々な場面に出くわすでしょう。
その場面ごとにパパとして悩み、大人として悩み、子どもの場に立って悩むんだと思います。
その場でできる、最大限子供に寄り添って、守れて、しかも自立と成長に向かうような声掛けが必要になってくると思うんです。

難しいや。
親ってめっちゃ難しい。
悩むな…。
頑張ろう。

親として選ぶこと

ぼくは「親」という立場を持っていますが、まだベテランの「親」ではありません。
毎日の選択にめちゃくちゃ悩みます。

テレビを見せるべきか。
youtubeは見せてもいいのか。
この絵本は教育にいいのか。
友達つきあいはどうか。
親同士のかかわりはどうか。
保育園での保育はどうか。
子供は将来どうなっていくのか。
お金ってどれくらい稼げばいいのか。
家での家族の関係性はどうか。
しつけはどの程度やるか。
他の家庭と比べてぼくの家は正しいのかどうか。

もう、わからなくなってしまいます。

それでも、子どもは日々成長します。
日々全力で遊んで、全力で感情を出してきます。

その中で、親として選ばなきゃいけないことってたくさんあるんです。

正しいことなんてないんだけど。
本に書いてあることが正しいとは限らないんだけど。
先人の時代や環境と違う中で、自分なりの正解を出さなきゃいけないってのが難しいです。

だから、
ぼくは子供と妻とともに悩もうと思います。
たくさん悩んで、一緒に未来を考えていこうと思います。

ぼくの子供がいつか、同じ問題にぶつかってくれるといいなと思います。
その時に、少しでも参考になるような親の姿勢を見せてあげたいなと思います。
子供が自分で未来を切り開けるようにしたいなと思います。
ぼくがいつ死んでもいいように、少しでも子供に残していければと思います。

ぼくが、ぼくと妻が、親なりに頑張って話し合って、子どものことを想って進めていくこと。
周りを見ながら、大きく外れないようにと思いながらも、それでも自分達なりの言葉で子供たちに伝えていきたいと思います。

頑張るぞ。





親として、「こうはなりたくない」って前例はあります。
それでも、「そうなってしまうかもしれない」っていうのはわかるんです。

だからこそ、一人で抱え込まず、誰かと話しながら、いろんな人に助けてもらって、それでなんとか「親っぽさ」を繕っていく。

親がなんとか生きていくってのはとても難しくて、簡単に子供を育てられるなんてないと思うんです。
だからこそ、誰かに助けを求められたらいいな。

ぼくは、保健師として誰かを助けられるかな。
ギリギリの人を少しでも救えるかな。

悩んでしまいます。

少しの繋がりを。
切らさないように。
少しでも保健師として動いていきます。
やるぞ。



しんどい人は聴かなくてもいいかも。
でも、家族の形を考えさせられます。

MOROHAで 「ネクター」


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