掌編小説 通り雨
ヒトミと一緒にいると、彼氏の愚痴ばかり聞かされる。「服の趣味が悪い」だとか、「わたしのことわかってない」なんてしょっちゅうだ。たしかに、ヒトミはファッション誌のモデルと言っても通用しそうな容姿とセンスだし、パートナーに要求するレベルも高そうだ。それなら、もっと感性がぴったりくる人とつきあえばいいのにと思う。きっと、候補者はたくさんいるのだから。それに、ヒトミの彼氏のことだって、わたしはずいぶん前から想ってきたのだ。
そのヒトミとショッピングのために朝から待ち合わせると、彼女は見慣れない腕時計を着けてきた。茶色の、ごつい時計である。ヒトミの手首が隠れそうなほど大きな木の文字盤に、幅広の革ベルト。スイートピーの精のように華奢なヒトミとは、若干ちぐはぐな印象だ。
「どうしたの、この時計」
「あー。誕生日にやつがくれたんだけど、やっぱりちょっと違うんだよねえ。『ヒトミのこと想いながら一生懸命選んだんだ』ってうれしそうに言うんだけど」
「いいよいいよ。かわいい時計じゃない。そういう合わせ方もありだよ」
口ではほめながら、「そんなに気に入らないならば、彼の目にふれないときまでつけることないのに」と少し苛立ちを覚える。その時計は、どちらかといえばわたしの方が似合いそうだ。
午後、彼女とブランドショップの並ぶ大通りを歩いていると、太陽は照っているのに、突然、強い雨が降りだした。わたしはあわてて近くの店舗に駆けこんだ。気がつくと、ヒトミの姿がない。振り返ると、道の真ん中に身をかがめ、必死に鞄の中に何かを押しこめている彼女がいた。
「ヒトミ、なにしてんの」
彼女は鞄を守るように抱きかかえてわたしの方に走り寄ってくると、ばつが悪そうに笑った。
「だって。時計、濡れちゃうから」
雨のせいでマスカラが滲み、彼女の下まぶたを黒く染めている。髪の先の滴が、陽射しを反してきらきら光った。彼女がまっさきにとった行動は、時計を外し、ハンカチにくるむことだった。
そんなことしている間に、結局、自分も時計も濡れちゃうのに。なんだかんだ言って、彼氏のこと大好きなんじゃない。そういうところがかわいいんだよなあ。
「あーあ、なんだよう」
わたしはつぶやくと、空を見上げた。雨はすでにやんでいた。
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短い小説を書いています。よろしければ、こちらもぜひ。
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