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掌編小説 もの言う臓器

従兄のお見舞いで病院に行った。約束はしていたものの、本人はたまたま検査か入浴かでその場におらず、壁際のベッドは空いたままだった。病室で本を読んで待っていると、隣のベッドのカーテンがそっと開いて、おばあさんが微笑みかけてきた。襟足あたりでまとめられた白髪の髷も、菊模様の浴衣からのぞく手先も、ちんまりしている。「あれ、男女同室なのか。今どきめずらしい」 ふしぎに思いながら笑顔を返すと、おばあさんが口を開いた。

もの言わぬ臓器っていうでしょう。肝臓なんか。だけどね、わたしの内臓のひとつ、肝臓じゃないんだけど、本当にものを言い始めてうるさくなっちゃったのよ。痛みがちょいちょい出るとか、検査値が上がったり下がったりとかじゃなくて、おしゃべりするのね。

中身はたいしたことじゃないの。昔のいい思い出を語ってくれることもあるのよ。でも、食べたばかりのものが脂っこくてしんどいとか、さっき話していた相手が気に入らないとか。いやなこともぶつぶつ。

あるとき状態が悪くなって、そいつの一部をとらないといけなくなったことがあって。病院ではおとなしかったのに、家に戻ったとたんに、またおしゃべりが再開。「勝手なことをされたら調子が出ない」だなんて、どっちが勝手なんだか。

それでね、うんざりしちゃって、全部とっちゃうことにしたの。とったらとったでなんとでもなるみたいだったから。反対するような家族もいないし、必要な人にあげてくださいって。ひそかに登録してしばらくしたら、ほしい人がいたらしくて。

最初はせいせいしていたの。ああ、静かだなあ、平和だなあって。だけど、そのうちになんだかさみしくなってきて。今頃どうしているのかしら、新しく納まった先の誰かにも一生懸命おしゃべりしているのかしら、って。会えなくなっちゃった家族みたい。もしかしたら、体の中じゃなくて、なにかの瓶の中で薬漬けになっていたり、見世物になっていたりするかもしれないけどねえ。

でもまあ、いまさら惜しがっていても、取り返しがつかないものだから。

おばあさんはひとりでしゃべるだけしゃべると、枕にもたれてまた寝てしまった。窓からの陽ざしがちょうど顔に当たっている。眠りを妨げてしまうかもしれない。おばあさんのベッドのカーテンをひいて、本の続きを読んでいると、従兄が戻ってきた。

「ごめんな、急に予定が変わっちゃって。退屈しただろ」
「ううん、隣のおばあさんとお話していたから」
「え? 隣って男の子だよな。高校生くらいの」

カーテンがゆれたように感じたが、もう顔は向けなかった。


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短い小説を書いています。よろしければ、こちらもぜひ。


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