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ある地域でのある行事

冷たい空気が、乾燥した喉の奥まで勢いよく入ってきて痛い。あともう少し。もう少しで仲間のいる地点だ。肩にかけたこの襷は、死んでも渡さなければならない。最後の上り坂。足がもつれそうになる。倒れそうな体勢を必死で立て直す。遠くから先輩の声が聞こえる。重力に懸命に抗って一歩一歩を踏み出す。

「あとちょっと!!こっちこっち!」

先輩が手を叩いて、私を呼んでいる。最後の力を振り絞った。一秒でも早く繋げたい。無理やり笑顔を作って、スピードを上げる。

襷を肩から外し、目の前に差し出されている手へ渡した。しかし、これではまだ、襷の受け渡しが完璧に完了したとは言えず、先輩はまだ走り出さない。その前に、やらねばならぬことがあるからだ。私は毎年のことながら、歯医者のときのように口を大きく開けて、先輩を待った。

先輩は、運動部特有の声の出し方で、
「いくら、カニ、ウニ、イカ、塩ラーメン!!」
とテンポよく叫び、私の口に次々とご当地美味を入れていった。

私は嬉しいのか苦しいのか、涙を流しながらそれらを味わう。そして激しく呑み込み、再び大きな口で
「グルメといったら函館」
と「マーボといったら丸美屋」のリズムで歌う。

先輩は、それを見てにっこり笑い、「あとは任せて」と言い、決死の覚悟を決めたような顔で、駆け出していった。

これが、俗にいう箱根駅伝ならぬ、「函館駅伝」の襷である。この地のグルメを食すことで、互いの健闘をたたえ、エールを送る。


バイトの先輩が、たまたま言い間違えた「函館駅伝」。私の脳内で、彼らの勇姿が走り抜けた。

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