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When we fall asleep

Apple TV一年間無料券をもらったので、登録してBillie Eilishのドキュメンタリー映画”Billy Eilish: The World's A Little Blurry”(邦題『ビリー ・アイリッシュ: 世界は少しぼやけている』)を見た。

彼女の歌が、ベッドルームでいかにして作られたのか。そしてそれが巨大なスタジアムで、コーチェラのステージで、世界中でどう歌われたか。Billie Eilishという一人の人間が併せ持つティーンエイジャーと稀代のポップスターという二面性、年の割に成熟しているところ、未熟なところ、年相応なところ。強さと、弱さと、凡庸さを描いた。美しいドキュメンタリーだったと思う。

ファンは自分の一部である。ファンにはOkay(大丈夫)でいて欲しい、それが私が大丈夫でいられる理由だから。と、怪我で運ばれる一人の観客を心配そうに見つめながら、聴衆に向けてMCで訴えかけるほど自らのリスナーを大切にする一方で、彼女は他の誰でもない、自分自信を救うために、音楽を作っていた。彼女のその姿勢は、とても信頼できるなと思った。

歌だけじゃない、絵でも映画でも写真でも、自分以外の誰かを元気付けるため、救うために作られたもの、作り手がそう明言するものを、俺は信頼していない。

何も、表現、芸術、創作物、言葉は何でもいい、に他人を助ける力がない、と言っているわけではない。ただ俺は、結果的に他人を救うかもしれない何かは、自分を救おうという意図を持った創作の元でしか生まれ得ないと思っている。誰かのために作られたものは、誰のためにもならず、自分のためだけに作られたものが、結果的に他人も救うかもしれないと。

2020年の年の瀬から2021年の初頭まで、大学の冬休みを使ってバルカン半島を旅していた俺は旅の途中、セルビアの首都ベオグラードに2週間ほど滞在し、現地のNPO団体の職員として、難民の子供達に勉強を教えていた。そこで、Billie Eilishが好きだと言う、一人の少年に会った。この映画を見て、ずっと忘れていた彼のことを思い出した。

もう名前も顔も覚えていないその少年は確かイエメンからの難民で、浅黒い肌をした、細身で物静かなヤツだった。歳は11かそこらだったと思う。

その日は雨が降っていて、子供も少なく職員も余っていたため、俺が一対一で彼に英語を教えることになって、打ち解けるために(と同時に彼の英語のレベルを知るために)軽い自己紹介と雑談をした後に、簡単な洋書を一緒に読んだ。

彼の知らない単語が出てきたとき、あー、この表現は〜っつー意味で、有名な歌にもあるよ、聴いたことあるかな?と古い歌の一節を口ずさんだときに「Taigaは音楽好きなの?」と質問されたので、うん、大好きだよ。と答えた。

すると彼は恥ずかしそうに、そして少しだけバツが悪そうに「これはあんまり他の人に言わないんだけど、俺、Billie Eilishの音楽が凄く好きなんだよね、彼女の音楽を聴くとよく眠れるんだ、秘密だよ」と教えてくれた。英語は拙かったけれど、身振り手振りで、彼が勇気を出してこの言葉を発したこと、そして不特定多数の前ではこの話を避けていることが分かった。でも、それがなぜなのかは分からなかった。

深掘りはせず、いいね、俺も大ファンってワケじゃないけど、Billie Eilishは好きだよ。と言うと「ねえ、女の人が歌ってる、綺麗で静かな音楽を教えてよ」とせがむので、その日は時間になるまで、ずっと一緒に音楽を聴いた。

彼はBillie Eilishの曲もそこまで詳しくなかったので俺が一番好きなOcean Eyesを、これはカバー曲なんだけど、と前置きをした上でBirdyのSkinny Loveを、俺の生まれ国のとても綺麗な曲だよと、LUCAとharuka nakamuraの八星を一緒に聴いた。

繰り返しになるけど、俺はもう、彼の名前も、顔も覚えていない。が、俺のiPhoneを見つめる彼の目がとても輝いていたこと、口元が綻んでいたこと、そして曲を聴き終わったとき、とても俺に懐いてくれたことは覚えている。

「難民キャンプではみんな、うるさい音楽を聴いているんだ」「Billie Eilishが好きって言うと、お前は男じゃないってバカにされる」「でも僕は静かで綺麗で、悲しい音楽が好きなんだよね」と、別れの際に彼は言った。なぜ彼が、好きなミュージシャンの名前を口に出すだけでも不安そうだったのか、不特定多数の前でこの話をするのを避けるのか、俺に懐いてくれたのかが分かった。とても悲しい気持ちになったが、別に何かができるわけでもないのに、悲しんでいる自分にも腹が立った。

君はとても良いセンスをしているね、君の好きな音楽は俺も好きだ、と言うと「今日は一緒に色んな音楽が聴けて楽しかった、ありがとう、Taigaは良い人だね」と彼は雨の中キャンプへ帰って行った。その日以来、彼とは会っていない。

映画は彼女のアルバム、”When We Fall Asleep Where Do We Go?”がグラミー賞で年間最優秀アルバムに選ばれ、彼女がまたどこかのステージでOcean Eyesを歌い出すところで幕が閉じられる。

When we fall asleep where do we go?
眠りについたあと、私たちはどこへ行くのか。

俺はBillie Eilishがこれからも、ただ彼女自身を救うために音楽を作り続けることを、彼女の歌が、毎晩イヤホンでこっそりと彼女の声を聴きながら眠りにつく少年の元に届いくことを、そして眠りについた少年が誰も彼の趣味嗜好を笑わない場所に辿り着いて、好きなだけ静かで美しく暗い音楽を聴けるようになることを、ただただ願うのだ。

おしまい。


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