「4年目」 4年 永堀真菜
部員ブログを書くのも、もう3回目。とうとう私にも、引退の時期が来てしまいました。長かった部活動生活の終わりを飾るこのブログには、自分の書きたいことをただひたすらに書かせて頂こうと思います。感動や感心はないかもしれないけれど、良ければ最後までお付き合いください。
私はだいぶ珍しいタイプで、横国サッカー部に入りたい!という気持ちだけでこの横浜国立大学を選びました。なぜここを選んだのかは前のブログに書いた気がするので、割愛させていただきます。
横国サッカー部に入って、想像と違うこともたくさんありました。入部当初、なんと大学にもかかわらず土のグラウンド。朝五時半に起きてグラウンドに向かう朝練の日々。ぼろぼろの備品たち。数え切れないほどの想定外です。
それでも、四年生の後期になった今、横国を選んで本当に良かったなって思います。大学サッカー部をたくさん調べて受験を頑張った高校三年生の私をほめてあげたいです。
では、ここからが本題になります。私は歴代でも珍しいであろう「4年目のマネージャー」です。横国サッカー部では、4年生では部活を続けない選択ができる、3年生引退制度が設けられています。例年、マネージャーはこのタイミングで引退します。
じゃあ、なんで残ったの?という感じですが、特に強い気持ちがあったわけではない気がします。続けると決めた時の気持ちはもうあまり覚えてないですが。きっと、部活のない毎日って暇だな、後輩と同期に残ってほしいって言われたしな、関東に行く大チャンスかもしれないな、とか…そんな感じではないでしょうか。でも、一つ覚えているのは「ここで引退を選択したら後悔する」と思ったことです。
部活を続けるかどうか、期限ギリギリまで迷っていました。サッカーは大好きだし、マネージャー業も大好き。こんなに近くで選手みんなの頑張りを見届けることの出来るマネージャーは、私にとって最高の居場所。試合のベンチは特等席です。だから、続けたい気持ちはずっとありました。でも、私が続けることで、後輩たちの活躍の場を減らしてしまうことも事実です。今までに例がないというのも不安要素の1つでした。
しかし、先にも述べたように、引退を選択したら後悔するだろうと思いました。4年生まで続けたことは私のワガママでしかないのですが、それを受け入れてくれた後輩たちにはとても感謝しています。もしこれから先、4年生まで続けたいと思ったスタッフの後輩たちには、自信を持って「続ける」という選択をしてもらいたいです。
4年目、今までの3年間に負けないくらい、素晴らしい思い出がたくさん出来ました。新チームになって初めての公式戦だった県知事杯1回戦の神奈川工科大学戦。2回戦の関東学院大学戦。悔しかったけど、まだまだやれるって思った。
春になってアミノ予選神奈川大学戦。強かった、本当に。でもそんな相手にも春リーグでは1-1の同点。みんなの頑張りが形になったのが嬉しくて、感動した。次は絶対に勝つぞって思った。
サタデーリーグはAもBも良い試合を見せてくれた。両チームともチャンピオンシップ行きたかったね。1試合でも長くみんなと一緒にやりたかったな。
秋リーグ、前半全然勝てなくて、みんなの夏の頑張りが認められていないようで辛かった。それでも、プレーオフを決めた時は本当に嬉しかった。
プレーオフ、最高の試合でした。今このブログを書いている私にとっては、つい昨日のこと。試合に出ている選手だけでなく、応援もベンチも、みんなが勝ちたいと思い、もちろん私も勝ちたかったです。コロナが流行り始めてから無観客になってしまって、久しぶりの応援最高でした。その応援も、怪我で試合に出られない4年生が各選手の応援歌を作ってくれて、大声を張り上げてくれるコールリーダーがいて、それに続く仲間がいて。絶対に選手の力になっていたと思います。私の主観ですが、応援は確実に圧勝でした。
ピッチに立っていた選手も、ベンチにいた選手も、バックアップメンバーも、応援席で大声を出して鼓舞していた人も、会場には来られなかった後輩たちも、ずっと前で声をかけていた若も、モチベーターであった主将の貴司も、アナリストの陽彦も、もしかしたら私たちマネージャーも、誰1人欠けてはいけなかった。だからこそ、あの結果が出たと思います。
メンバー表を見ても分かるように、相手の出身チームはクラブユースや強豪高校ばかりで、正直格上でした。その相手に最後のワンプレーまで決めさせなかった。勝利や関東が見えていたばかりに悔しさも格別ではあるけれど、私はこの横国サッカー部のみんなのことを、誇りに思います。
同期たちの言葉を借りると、私たち4年生が4年間をかけても未来を変えることは出来ませんでした。後輩たちにはこの試合を忘れないで欲しい。来年からは都リーグで戦うことが出来ます。今までより強い相手と戦うことが出来ます。
それってきっと、最高に楽しいのではないでしょうか。本当に羨ましい限りです。私はもう一緒に戦うことは出来ないけれど、関東昇格への想いは後輩に託していきます。
ここまで4年目の試合について述べてきましたが、もちろん試合以外にも思い出はたくさんあります。試合の担当がまなさんだと嬉しいって言ってくれた後輩たち。ご飯も行ったり、たくさんの話をしたね。まなさんが残ってくれてよかったって言ってくれてありがとう。来年もいて欲しいって言ってくれたこと、冗談でも嬉しかったです。
いわずもがな大好きな同期。山梨旅行も、海に行ったことも、普段の練習でさえ大切な思い出です。みんながいたから私は4年間、ここまでやってこれました。みんなはどう思ってるか分からないけど、私は4年目のこの1年間が、いちばんみんなと仲良くなれた気がして楽しかったです。ありがとう。これからも仲間でいてください。
私の夢は、一生サッカーに関わって生きていくことです。関わり方にもいろいろあると思います。その中でも私は、サッカーを仕事にして生きていきたい。サッカーの世界では男性が圧倒的に多いこと、女性の働く環境が整っていないこと、選手経験のない人が少ないこと…。困難を感じる理由は、上げたらきりがありません。それでも、この4年間でサッカーの楽しさや支えることの喜びをより強く感じたからこそ頑張りたい。こんな気持ちにさせてくれた横国サッカー部の先輩方、後輩たち、愛する同期には感謝してもしきれません。
この部活では一生の思い出となる、かけがえのない日々を過ごさせていただきました。横国でサッカー部のマネージャーをやることにした私の選択は、大正解でした。私に関わってくださったすべての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。
4年間ありがとうございました!
横浜国立大学体育会サッカー部 永堀真菜
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