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立ち止まること

今日は、立ち止まることの大切さについて考えてみる。最近、信号が赤信号になるのだ。早く進みたいけれど、いつも、青信号がちかちかとして、わたしは立ち止まらざるを得なくなる。何かしらのメタファーが含まれているとしか思えない。(とわたしは捉えた!)

彼が中国に帰ってからというものの、虚しさ、寂しさ、愛しさ、色々な感情が入り混じり、数日間、しょっちゅう泣いていた。そのあと、怒涛のバイト日和が続いている。わたしの、それらの色々な感情は、ぴたりと動きを止めた。その代わり、お金を稼ぐぞ、という、やる氣と貢献欲に満ち満ちているのだ。

しかし、何か大切なものを見逃していては、わたしの人生ではなくなってしまうようにも思う。彼にも元氣でいてほしいし、心配もしてしまう。わたしが元氣でやっていたら、彼は寂しがるんじゃないか、という矛盾の氣持ちも生じてくる。そんなことを言っていたら、わたしは一生元氣になれなさそうなのに、何故このように考えるのだろうか。

きっと未来は大丈夫だけど、こうやってぐるぐる考えすぎるのも人間の性だ。わたしはこんな自分のことも、赤信号に引っかかりまくる自分のことも、ふむふむ、と少し微笑みながら見守り続けてみようと思う。


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