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【未邦訳小説】『STAR WARS: Shadow of the Sith』感想【STAR WARS】

あらすじ:エンドアの戦いで皇帝が滅び、ジャクーの戦いで帝国が降伏してからおよそ20年。ジェダイ・オーダーを再興すべく次世代の騎士を育成しているルーク・スカイウォーカーはダークサイドに満ちた謎の惑星エクセゴルの幻影に悩まされていた。一方そのころ、何者かによって拉致された自分の娘を探して銀河を旅するランド・カルリジアンは「ベストゥーンのオーチ」と名乗る男が幼い少女とその家族の誘拐を企てていること、それがすでに滅びたはずのシスに関連していることを知る。
 ランドがルークに助力を求めたことによって銀河を徐々に覆っていこうとする陰謀の存在を認識した二人は、共にベストゥーンのオーチの足取りをたどり、追われている一家(父デイサン、母ミラミア、そして一人娘のレイ)を保護するとともにエクセゴルやシスの手がかりを得るべく動き出した……

はじめに 〜『スカイウォーカーの夜明け』と私〜

 2019年12月20日金曜日。この日は全世界のスター・ウォーズファンにとって歴史に残る一日になった。そう、スター・ウォーズ続三部作(シークエル・トリロジー)の完結編にして1977年から続くスター・ウォーズ・サーガを締めくくるエピソードⅨとなる『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け(原題:STAR WARS: The rise of Skywalker)』が公開された日である。

 コンテンツとしてのスター・ウォーズはこれからも半永久的に続く。ディズニー・プラスで定期的に新作ドラマが制作されているし、近いうちに新作映画が公開されることも決まっている。小説だって定期的に新作が刊行されているし、コミックシリーズに至ってはほぼ毎週何かしらの新刊が発売されている始末だ。
 しかしながら、『スター・ウォーズ エピソード○』のタイトルを冠するスカイウォーカー・サーガ(所謂“本編”)は「エピソードⅨ」で最後となることがかねてより決定されていた。したがって、この映画が1977年の『新たなる希望』からおよそ42年もわたって続いてきた物語の「結末」を名乗るのに最もふさわしい作品こそが、この『スカイウォーカーの夜明け』ということになる。

 そんなわけだから、長い長い歴史を締めくくる「完結編」として一体どのような物語が展開されるのだろうかという期待に胸を躍らせながら、僕は上映初日にさっそく劇場へ向かい、パンフレットも早々に確保し、SNSのネタバレ対策を万全に整えた状態でスクリーンに向き合った。何しろ40余年もかけて展開されてきた物語だ、「完結編」で回収してほしい伏線は山のようにある。アナキン・スカイウォーカーの誕生から始まり、3世代にもわたって繰り広げられた一つの長大なサーガについに終止符が打たれる歴史的瞬間を目に焼き付けようと必死だった。

 結果から言うと、少々期待外れだった。

 前作『最後のジェダイ』で賛否両論を呼びながらも大きなうねりとともに物語を予期できない方向へ動かしてくれた衝撃の展開をことごとくなかったことにする手のひら返し、無から突然生えてきた設定、なんとなくやりたかったんだということはわかるけど全く意味をなしていない展開、そしてまたまた無から突然生えてきた設定。決してつまらなくはない。駄作とは言わない。しかしながら、42年間紡いできたサーガの完結がこれだといわれてしまうと、どうにも気持ちが乗り切らない自分がいる。

 今まで本編やスピンオフという形で肉付けされ積み重ねられてきた世界観やキャラクター像があんまり反映されていないように感じた。いや、スピンオフに関しては全然構わない。所詮外伝は外伝だ。しかしながら、肝心の直近作の展開すらも無視をし始めたのには流石に残念な気持ちが勝ってしまった。それに「九部作の完結編」を名乗っている割にエピソードⅠ〜Ⅲについてほとんど触れられていないのも消化不良だった。「スカイウォーカー・サーガ」を締めくくるにはその物語の始まりであるアナキン・スカイウォーカーの存在にフィーチャーしてほしいと思っていたが、まさかまさかの声オンリーの出演。それもたった一言だけ!

 そんな中でも一際なんとも言えない感情となったのは、レイの出自に関して突然生えてきた「パルパティーンの孫」という設定だ。

 『フォースの覚醒』で初登場した当時、新主人公レイがどこから来た何者なのか本当に何も正体がわからない状態だった。そんな中、劇中で見せたわずかな手掛かりを頼りにやれオビ=ワンの娘じゃないかだのやれルークの実子なんじゃないかだのパルパティーンの血縁なのかだの好き勝手やいのやいの考察する時間がとても楽しかったものだが、その2年後、その論争に衝撃の答えが明示された。

"They were nobody.They were filthy junk traders...who sold you off for drinking money."
"You come from nothing you're nothing."

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』カイロ・レンの台詞

 レイの両親も、そしてその間に生まれたレイ自身も、「何者でもない」。銀河の歴史に名前が残ることもない、取るに足らない一般人の娘。それがレイであると。
 親子の物語だったスカイウォーカー・サーガの主人公なのだから、当然過去作の誰かの子どもなのだろうと無意識に決めつけていたファンたちに真正面から冷水を浴びせるような衝撃の真実。当然界隈はそれなりに荒れたが、僕はこの裏切りがとても大好きだった。まさしく誰も予想していなかった衝撃のサプライズ。確かに言われてみれば婚姻を禁じているジェダイに血統主義的な側面は本来ないはずだ。そして何より、「何物でもない」少女が運命に導かれて銀河を救う英雄になるというのは、「現代の神話」を標榜するスター・ウォーズの新しい展開としてこれ以上ないものではなかろうか。

 そんな心持で『スカイウォーカーの夜明け』を観にいっていた僕にさらなる衝撃が与えられた。

"You are his granddaughter. You are a Palpatine."

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』カイロ・レンの台詞

 レイの正体は皇帝パルパティーンの孫だった!!なんて衝撃の真実!!!

 ……いやいや、ちょっと待ってくれ。レイの正体は銀河の端っこの名もなき一般人だということで綺麗な結論が出たのではないか?思えばすべての始まりたるアナキン・スカイウォーカーだってもとは辺境タトゥイーンに暮らす奴隷の子どもだった。スター・ウォーズには繰り返しの物語という側面がある。それでいうと、アナキン・スカイウォーカーとそっくりな出自を持つ少女がアナキン・スカイウォーカーが始めた物語を終わらせる、なんて綺麗な構成だろう。

 それがパルパティーンの孫だと!?

 いや、もちろんこういう展開自体は悪いものではない。純粋培養の悪役として君臨してきた男の末裔がその因縁にケリをつけて銀河を救う英雄になる。なんと素晴らしい物語だ。なんと素晴らしい神話だ。でもさあ、それは時間をかけてじっくりと伏線を育ててこそじゃあないのかい?前作で全く違う結論を提示した後で突然手のひらを返して方向転換してもなかなか面白いとは感じられないでしょうよ。
 オープニングで突然パルパティーンが生きていたことが明かされて、エクセゴルとかいうぽっと出の謎の惑星で全部糸を引いていたっていきなり言われて、今まで影も形も登場しなかった特大の艦隊まで登場して、かなり困惑したけどこれくらいだったらパルパティーンならやりかねないと何とか飲み込んだ矢先にこれだよ。

 レイがパルパティーンの孫?確かにいい設定だとは思うよ?いい設定だけどさ、それならここで突然決めないでもっと段階を踏んで積み重ねてくれないと。ましてや前作でいったん答えが出ちゃったものをさあ……。突然無から生えてきた設定を、何の思い入れもない回想シーンと一緒に提示されて、そしてそれを前提としたバトルで勝って「42年かけた物語が完結しました!!」と言われたところで我々は一体どういう感情を抱けばいいんだよ!!

 失礼、取り乱してしまった。

 とにかくこのように唐突に無から生えてきた設定とぽっと出の因縁によって構成された『スカイウォーカーの夜明け』に対して複雑な感情を抱いているスター・ウォーズファンは少なくない。制作陣も薄々察しているのだろう、2020年に始まったエピソードⅤ直後のダース・ベイダーが主役のコミックにオーチが登場し、2人でエクセゴルに行くエピソードが展開されたりと、何とか『スカイウォーカーの夜明け』の設定をぽっと出のものにしないような試みが行われたりもした。(余談だが、現在進行形で連載中のこのシリーズはパドメの影武者だったサーベが出てきたり、映画『ハン・ソロ』のヒロインだったキーラのその後が判明したりと盛りだくさんの内容なのでこれも一度読んでみてほしい。)

 そんなこんなで現在着実に歩みを進めている "『スカイウォーカーの夜明け』を面白くしようキャンペーン" の中でも、とりわけ大きな役割を果たしているのがこれから紹介する小説『Shadow of the Sith』である。

『Shadow of the Sith』感想(ここから本題)

 エクセゴルという謎の惑星に皇帝パルパティーンとその艦隊が潜んでいることを知ったレジスタンスの一同。その名前に聞き覚えがあったレイは師匠のルークが残した書物を引っ張り出すと、エクセゴルに至る道筋を知るために「ウェイファインダー」というアイテムが必要なこと、かつてルークがその足取りを追い惑星パサーナを訪れていたことを仲間に伝え、共にパサーナの地に降りたった。
 色々あってファースト・オーダーから逃げる羽目になった一行は謎の男に助けられる。彼こそ、かつての反乱同盟軍の英雄でありルークと共にウェイファインダーを追う仲間でもあったランド・カルリジアンその人であった。ランドからの情報によりウェイファインダーの手がかりを “ベストゥーンのオーチ” という名のジェダイハンターが持っていること、パサーナまでは追いかけられたもののその船はもぬけの殻になっており、そこから先は一切の足取りが掴めないことを知った彼らはその探索を引き継ぎ、ついにオーチ(の成れの果て)とウェイファインダーの在処を指し示す短剣を手に入れる……。

 映画『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』で描かれた物語の一部である。この件を見た時、多くの人がこう思っただろう。「そこのところをもっと詳しく教えてくれ!!!」と。そういう人たちのために書かれたのが本書『STAR WARS: Shadow of the Sith』だ。

 記事冒頭のあらすじにも書いた通り、本書では『スカイウォーカーの夜明け』内で語られたルークとランドの旅の一部始終が詳細に描かれている。しかもそれだけではない。映画でもそれとなく言及されていたが、この冒険にはレイの両親(パルパティーンの “息子” とその妻)がエクセゴルの刺客から逃れるために幼いレイを一人ジャクーに残して消息を断つまでの経緯が密接に関連している。当然、レイの父親の生い立ちや家族との出会いも重要なキーとなっているのだ。「はじめに」で僕が喚き散らしたように、これら全て映画公開当時の感覚ではあまりにも唐突極まりない設定なのだが、本書ではそこにじっくりと焦点を当てて詳細に深掘りがされており、映画内で何度も提示される回想台詞や回想シーンにより深い意味を持たせてくれている。まさしく、「シークエル・トリロジーの欠かせない前日譚」であり「エピソードⅨを完璧にしてくれる1冊」になったと言わざるを得ないだろう。

 とりわけ感動したのが、本書を読み終えた後に改めて『フォースの覚醒』を見返した時だ。本書の中ではルークとランドがとにかくひたすらにレイら親子を守ろうと奮闘している。ありとあらゆる手段を講じて彼らの足取りを追い、ダークサイドの勢力の手に落ちる前に保護すべく銀河を奔走する姿が描かれているのだが、どうしてもあと一歩のところでたどり着けず、彼らを逃がすのが精一杯な状態が何度も繰り返されている。それでも決して諦めることなく、顔も知らないレイのことを必死に守ろうと奮闘してきたルークが、10年近くの時を経てようやく本人と対面できたのが『フォースの覚醒』のあのシーンなのだ!!!
 正直言って『フォースの覚醒』公開当時、あのシーンは「前作主人公が満を持して再登場!」以上の意味をほとんど持っていなかった。二人の間に接点は本当に全くなく、そして顔を合わせた瞬間に映画が終了してしまったのだから当然だ。しかし、今改めて見直してみるとわいてくる感動が全く異なってくる。あの時の二人は確かに「初対面」だった。しかしただの初対面ではない。何度も何度も近づいては届かずを繰り返し、顔も名前も知らないながらも全身全霊をかけて守ろうとしてきた相手が、長い時を経て無事な姿でようやく対面することができたのがあのシーンなのだ!!!!
 結局、その時のルークの精神状態が最悪だったこともあり、2人にとっての初対面の印象はあまりよくないものとなってしまったが、時を超えてすべての事情を把握している我々からすると重要な「宿命の環が閉じた」瞬間のうちの一つとなった。あのシーンがあそこまで厚みを持ったパワーのあるシーンになるとは、この本を読むまでは想像すらできなかった。

 また、本書の話をするうえでランド・カルリジアンについても触れないわけにはいかない。
 一昨々年、『スカイウォーカーの夜明け』のパンフレットを購入し熟読した人の多くは、ランドのキャラクター紹介文に非常に気になる一言が書かれていたことに気が付いたと思う。

ランド・カルリジアン
(前略)かつてファーストオーダーに子供を誘拐された

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』オフィシャルパンフレットより

 何だこの設定は。確かに本編中にも一瞬だけそれっぽいシーンはあったけど、必要な設定かと言われたら微妙だと言わざるを得ない。そういう印象を抱いた人もいたはずだ。そして結局それ以前もそれ以降もスピンオフ等でこの設定を用いているものはなく、正直影の薄い死に設定になりかけていた。しかし、本書を読んだことで、このはっきり言ってよくわからなかった設定、そして「なんでそういうのに興味なさそうなランドがシスの遺物を探す同行者だったんだ」という疑問に対する印象が全く異なったものへと変容してくる。

 本書冒頭、6年もかけて銀河の方々を飛び回ったにもかかわらず何の手がかりも得られなかったことで、ランドは攫われた娘の捜索を半ば諦め自暴自棄になりかけていた。意味もなく同じ場所を何度も訪れ、現実から逃げるようにサバック等のギャンブルに興じるランドはこの物語を通して徐々に立ち直ってゆくのだが、そのきっかけとなったのが言うまでもなくレイとその両親の存在である。
 もともとは「これから少女を攫おうとしているこの男はもしかしたら自分の娘の誘拐とも関連しているかもしれない」という一縷の希望を抱いてルークに助力を求め、旅に同行したランドだが、次第に危機的な状況に置かれている彼らに対して親身になっていき、彼らを心の底から救おうと必死になってゆく。そしてその過程でどこにいるのかもわからない自分の娘のことを想い、改めてその悲しみを思い出しながらも徐々にそれを乗り越えてゆく様がつぶさに描かれている。
 この物語を踏まえたうえで改めて『スカイウォーカーの夜明け』を見返してみると、昔と変わらない笑顔で登場し、元反乱軍の英雄としてエクセゴルの戦いでは民間の援軍を大量に集めてくるというウルトラCの活躍を見せてくれたランドの姿のなんと感慨深いものか。よくぞここまでの復活を見せてくれたと大声で言いたくもなる。そして何よりもそのラスト、幼少期にファースト・オーダーに攫われストームトルーパーにされたジャナとランドが言葉をかわし、ジャナがランドの娘であるかもしれないことを仄めかすシーンがあるのだが、これも今見るとその厚みが全く異なって見えてくる。映画だけで判断するとあまり作劇上の意味が見いだせないシーンがあそこまでエモーショナルな一瞬に化けるだなんて、ほんの数か月前までは思いもしなかった。

 また、当然のことながら本作でレイの両親の人物像が見えてくるようになったのも非常に意義深い。『フォースの覚醒』ではヴィジョンの中で飛び去る船の姿だけが登場し、『最後のジェダイ』でその正体が「何物でもない、ただのジャンク屋」と語られた彼ら。『スカイウォーカーの夜明け』で前作での言葉が覆されてパルパティーンの "息子" とその妻であることが判明したものの、断片的な回想シーンと他人からの言及のみの存在であり、その人物像ははっきりとは見えてこない存在だった。
 シークエル・トリロジーにおけるレイの物語は行方の知れない両親を待ち続けている姿から始まり、戦いの真っただ中に飛び入りながらも顔も覚えていない両親の姿を心の中で追い求め続けている姿が何度も象徴的に描かれている。だからこそ『最後のジェダイ』と『スカイウォーカーの夜明け』で二度突き付けられた衝撃の真実がレイを苦しめたのだし、「レイは両親に愛されていた」という事実がレイの救いにもなったりもしたのだが、やはりその両親の人物像がわかっているのとわかっていないのとでは、作品から感じ取れる感動の量も全く違う。人工的に作り出された皇帝の "息子" として生まれながらも自らの意思でその運命にあらがって見せたデイサン、大きな犠牲を払ってもなお一人の人間としてデイサンを愛し、そして娘のレイにも惜しみない愛情を注ぐミラミア。彼らについてよく知った状態でシークエル・トリロジーを見返してみると、しばしば挟まれるフォース・ビジョンや回想シーンから感じられる思いも一入に感じられる。

 また、ただの『スカイウォーカーの夜明け』の補完のみならず、シンプルに物語としての完成度も高く、前述のランドの心情や一家の苦悩の描写やオーチが徐々に一家を追い詰めていくスリル感なども非常に面白かったため、今までにない早さで読み進めることができてしまう魅力を持っていた。特にその終盤、結局レイはジャクーに一人取り残されてルークもランドもレイのもとにたどり着くことができなかったという読者にとってはもうわかってしまっている悲しい結末に向けて着々と歩を進めていく場面では、『シスの復讐』を見ていた時にも似た、苦しく悲しくもありながらピースがはまっていく気持ちよさがありもする独特の感覚が堪らなかった。
 また、スピンオフとしても『アフターマス』三部作という小説でチラッとだけ触れられていた謎のダークサイド信奉者の集団が物語に大きくかかわってくる第四勢力として登場したり、現在連載中のコミック『Darth Vader (2020-)』で描かれているオーチとベイダー卿の物語への言及もあったりと、とても僕一人の知識では拾いきれないほどの小ネタが詰まっている非常に盛りだくさんの内容になっている。(もちろんこれらの作品を知らなくても問題なくついていけるつくりになっているのも素晴らしい。)

 総じていうと、「こういうのが好きだから自分はスピンオフを読んでいるのだ」という要素がすべて詰まった究極の一冊が『Shadow of the Sith』であった。これは是非とも、シークエル・トリロジーが好きな人も嫌いな人も、すべてのスター・ウォーズファンに進めたい一冊であると思っている。

 では最後に一言。早く日本語版を出せ。


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