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「私と同じ」なお友達

子供のころの「友達」といえば本と生き物だった。

私の家は田舎で、両親は自営業だった。
いちばん近い友達の家までは歩いて30分。
小学生になれば自転車を乗り回し30分だろうが1時間だろうが出歩いて回ったものだが、さすがに私の親は幼稚園児(またはそれ以下)の子を独りで出歩かせるような非常識な親ではない。幼稚園には友達がいる。けれど、幼稚園から帰ってくると、退屈で退屈で仕方がなかぅた。

そんな私の家での「友達」が本と生き物だった。
本といきものは私の中で同じような存在だ。
どちらも「私の知らない世界」を見せてくれる。
「私の傍」にいてくれる。
そして、「私と共通点」がある。

のっそりのっそり歩くカタツムリ。のんびり屋な私と同じ。
チューリップの球根を植えて、お花畑を作りたい本の主人公。お花が大好きな私と同じ。
庭石の上でひなたぼっこしている猫。縁側でごろごろ、絵本を読んでいる私と同じ。
おばあちゃんが作ったいちごのジャムが大好きな主人公。おばあちゃんが作ったおにぎりが大好きな、私と同じ。

そんな風に、「私と同じ」を見つけるのが大好きだった。
「同じ」があるものは全部「おともだち」だった。
「全然違うけれど、私と同じものがある」。それがとても不思議で、とても楽しかった。


今でもたぶん、それは変わらないのだと思う。

本の中で自分と似た考えを見つけるのが楽しい。

動物(対動物or私)の意外な共通点を見つけるのが楽しい。
おなじ動物の種類でも、性質や形質に差があるのを見つけるのが楽しい。

三つ子の魂百までというけれど、

私の人生は「同じ」探しの旅なのかもしれないなと思った。




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