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自分(この会社は)は何で飯を食いたいのかを見つける方法

先回、上記の記事の中で「自分たちは、何で、飯を食ってる会社なのか」を見極めようというような話をしました。では、どうやって見極めるのか。と言う話です。

これは、組織でもそうなんですが、シンプルに言えば、「もしも、社員が一人だけだったら、どの仕事を会社の仕事として残すのか?」です。例えば、スーパーマーケットだったらどうでしょうか。仕入れの人、レジの人、店内清掃の人、チラシを作る人、従業員のシフトを組む人、様々な役割分担で動いています。

ここで、「ある1人だけを残して、残りを全部アウトソーシングしても成り立つとしたら、何を残すか?」を考えます。もし、仕入れだけ残して、校区や販売は全部他の人にやってもらいたい、と考えたら、その会社の「これがなくては、うちの会社たり得ない」と考えるポイントは「いいものを探してくる仕入れ」になります。だとしたら、ここは一番武器として伸ばさなければいけない。逆に、チラシづくりとかは広告代理店などに投げればいい。

あるいは、「店頭での試食だけは最後まで自分でやる」と考える人もいるでしょう。その場合は、「世の中に良いものがあると紹介すること」が、そのスーパーのコアかもしれません。あるいは、「店内巡回とお客様への案内だけは一人になってもやる」かもしれない、そうしたら、それは「お客様により良い買い物体験をしてもらうこと」がコアの武器と考えていることになります。

そこが、いわゆる『ビジョン』とか『企業理念』と言われるようなものだと思います。

また、これは、個人として就職を考える時にも役立てられる考え方だと思います。『こう言う仕事がしたい』というのを職種や仕事の内容で定義しない方がいいです。『その仕事でどのような感情を得たいのか』を考えた方が、本質的に考えられるように思います。

例えば、セコムという会社があります。警備会社ですが浄水器の販売などもしています。この場合、「警備の仕事をしたい」だと、事業内容がピボットしたときに違和感を感じます。

しかし、「自分の仕事によって、お客様が安心してもらうことに生きがいを感じる」であれば、警備という形であっても、安全な水を販売するという形であっても、感情が共通しますし、『お客様に安心を与える』という切り口であれば、新たなサービスを思いつけるかもしれません。

また、自分自身の専門性も「安心を与える」という切り口で、心理学の分野にも、合気道の分野にも、カウンセリングの分野にも、広がりを持ちながらも、軸が定まって、スキルを伸ばしていくことが出来ます。

また、いわゆる『好きなことを仕事にする』か『得意なことを仕事にするか』問題というのがあります。

会社で言えば『ビジョンや思いを事業にする』ことも、『強みをより伸ばせる事業をする』というのも大事なことです。ただ、これはトレードオフでは無く、組織のメンバーが、やりがいを感じながらも、組織としての強みが伸ばせていけるような分野を選んでいくのが、経営ということなのだと思います。

個人の人生において、『好きなことを仕事にする』か『得意なことを仕事にするか』ですが、仕事でも趣味でも住居でも、『好き』というモチベーションは1年ぐらいの期間であれば強力なエンジンになりますが、ある程度長期になってくると『違和感無く自然に取り組める』ことの方が重要になってくるように思います。

『好きな家』『好きなまち』は、最初はみずみずしく張り切った生活が出来るかわりに、意外と飽きちゃうけど、『違和感なく自然に生活できる』ような家やまちには、ずっと暮らしていく、気がついたら、ずっと住み着いてた、と思えるようなもので、仕事もそういうものではないでしょうか。

特に発酵のような、長い歴史の積み重ねがあって、生物の循環の中で活かされているような、そういう仕事は、自然に溶け込むように自分の仕事があるということが、大切な気がしています。

最後に、私自身が、喜びを感じる感情は『人々の可能性が十分に発揮されている状態にあること、また、その手伝いをすること』です。私は、『豊かさ』って何だと考えると、『可能性を広げられた状態』が『豊か』だと思っています。

例え豪華な生活を送っていても、城の中から出られないお姫様が『豊かな人生』なのか。もちろん『可能性』を広げるためには、ぶっちゃけ、それなりにお金が必要ですし、健康であることもそうでしょう。でも、何のためにお金を稼ぎ、何のために健康でいた方がいいのか、と考えると、それは、『人生の可能性を広げるため』ではないかと感じます。そして、豊で幸せな社会とは、『人々が遺憾なく自分の可能性を発揮できる社会』ではないでしょうか。

私の会社に伝わっている言葉に『我が社に関わる人々は豊かで無くてはならない』というものがあります。

一番直接に関わる従業員は仕事を通じて自分の可能性を広げていくこと、従業員の家族には給与を通じて自分の可能性を広げていくこと、お客様に対しては、私たちの提供する商品やサービスが、お客様の製品の可能性を広げていただくことであり、仕入れ先に対しては、金銭的には私たちの支払いがありますが、私たちの要望に答えていただくことでも仕入れ先の可能性を広げることに繋がるかもしれません。このような考えは、株主や金融機関、立地している豊橋の皆様、とどんどん広がっていき、最終的には『社会』というものに繋がって広がっていくかもしれません。

それが、私にとって「当社に関わる人が豊かになってもらう」と言うことなのだと、経営者として感じていますし、そこに貢献できているなと感じるときが、自分が一番自然な心持ちで過ごすことが出来る気がしています。

多分、父や祖父、その前の先祖代々とは、『豊かさ』の定義が違っているとは思いますが、それは21世紀前半における『豊かさ』ということでよいのかなと思うところです。

話が脱線しました、『自分が何で飯を食っているかを考える方法』というのは、そぎ落として、そぎ落として、それでも、『これだけはやらないと、もはや自社とは言えない』というものであること。そして、それは、事業ドメイン的なことでなく、もっと、感情、ビジョンや理念にこそ、基づいたものであること。さらには、その感情が『自分にとって違和感のないもの』であることが、長く続けていくために必要だということ、そんなことを思っています。


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