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形見の腕時計と、あの日の夢

高校の入学祝いに、おばあちゃんから腕時計をもらった。

兄の入学祝いが腕時計だったので、自然とわたしもそうなった。とくにこだわりがなかったわたしは「お兄ちゃんと色違いでいい」と即答。兄は黒色で、わたしは紺色。カタログすらみなかった。

そんな腕時計をもう10年以上愛用している。ベルトが古くなれば交換し、秒針が狂ったら修理に出す。

前に一度、ガラス(風防というらしい)を割ってしまったことがある。通学中、歩きながら装着しようとしたところ、誤って落としてしまったのだ。やってしまった……と朝から意気消沈したのを鮮明に覚えている。

親に相談すると、おばあちゃんの代わりにいとこが時計店に持って行ってくれた。すると「いつも買ってくれているので、無償で修理します」と引き受けてくれたらしい。しかも次は割れないようにと、膨らみのないまっすぐな風防にしてくれた。それ以来風防は割っていないし、必ず家でつけてから出かけるようにしている。

まっすぐな風防

この記事にも書いているが、腕時計をくれたおばあちゃんはもうこの世にいない。命日はわたしの誕生日の前日。誕生日と重なったら可哀想だと、気を遣ってくれたのかもしれない。

小学3年生から部活に入り、休日は練習や試合会場へ出かける日々。大学へ進学すると同時に地元を離れたため、おばあちゃんとの思い出は正直薄い。

数少ない記憶のなかで、強烈に覚えているできごとがある。
大学4年生の春、わたしは就職活動に勤しんでいた。企業説明会に参加したり、エントリーシートを添削してもらったり、面接を受けたり……。決して器用ではないわたしにとって、それらを同時進行させることは困難であった。
ちゃんと就職先は決まるのだろうか。精神的にも疲れ果て、不安で心が押しつぶされそうだった。

そんなとき、おばあちゃんに会った。
いつもの紫色の座椅子に腰掛けたおばあちゃんは、ニコニコしていた。わたしはおばあちゃんと向かいあうように座っている。
するとおばあちゃんは、おもむろにわたしの手を取った。両手で優しく包みこむ。そして「大丈夫よ、元気元気」とわたしに声をかけてくれた。その言葉を聞き、わたしは目を覚ました。

そう、「強烈に覚えているできごと」は夢の話である。実際に体験したできごとではない。この夢をみたとき、おばあちゃんはすでに亡くなっていた。

しかしわたしは、これは本当におばあちゃんがくれた言葉だと思っている。天国で見守ってくれているおばあちゃんが、わたしに会いにきてくれた。大丈夫だと、背中を押してくれた。そう信じている。

よくみると年季が入っている

形見となったこの腕時計は、フォーマルな格好にも普段着にも合わせやすい。ほかにも2本持っているが、結局はこの腕時計に戻る。
「これをつけていれば、きっとおばあちゃんが守ってくれる」と、旅行やここぞというときには必ずつけている。形見であり、お守りのような存在だ。

そしてたまに腕時計をみて、あの日の夢を思い出す。記憶は薄れつつあるが、おばあちゃんが笑顔だったことと、わたしへかけてくれた言葉はずっと覚えている。これから先もそれを忘れることはないし、腕時計も愛用し続けるだろう。

おばあちゃん。会いにきてくれてありがとう。大丈夫、わたしは元気です。

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