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はじまりの合図(の、ぼくの場合)

 偶に思い出す事がある。小学生の頃、札幌のショッピングモールにある楽器店───店名の記憶を必死に掬い取って調べたが、すでに閉店していた。とても寂しい───で、安物もいいところのアコースティックギターを親に買ってもらった日のこと。期待が高じて前日の夜にいらぬ下調べをした僕はレフティギターというものの存在を知っていたが、それでもまずは、と店員のお兄さんがネックを左手に握らせてくれたのはたしかに英断だっ

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夕焼けの怪獣

 僕の町には怪獣がいる。どうしているのかも、いつからいるのかも分からないが、とにかく普通に、いる。

 怪獣ははずれの町工場で、このあたりの星空やお日様の光のもとをつくったり取り替える仕事をしている。
 お昼前のお腹が空きはじめる時間になると、中央広場にある分光炉のそばで、ひげもじゃの親方に叱られたり褒められたり一緒に笑ったりしているのをよく見る。休日は3丁目の公園で、2メートルには少し届かないく

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わずらい

 帰り道に幽霊を見たのだ。今日の昼休みに廊下ですれ違った折に、わたしのかばんから逃げ落ちた文庫本を拾ってくれた、わたしの記憶が確かであれば隣のクラスの男子生徒。ひとり校門を出て、日陰になっているところを選んで歩く彼のうしろにぴったりと張り付いて、それはてくてく歩いていた。ちょうど腰の高さほどの背丈の、ひっくり返したバケツのようなシルエットに白い布を被せて上からマジックで目を描き、大福のような丸い足

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九月の蒼、あるいはオレンジのこと

 大谷さんからそのメールが届いたのは一週間前になる。

 大谷さんというのは僕がアルバイトをしている喫茶店の店長だ。ドラマとかでよく見る感じの髭にドラマとかでよく見る感じの服装、ステレオタイプという表現が適切なのかは分からないがとにかくそういう人だ。人柄に関しても想像に違わず温厚で、怒っているところというかなんなら大きい声を出しているところさえ見たことがない。たぶんここで働いているほかの人達も全員

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