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山際響
2019年1月22日 23:25
首都圏近郊のニュータウンにその小さな大学はあった。大学の脇には東京へと続く線路と国道がそれぞれ一本だけ走っている。 十二月のある夕暮れ。五十歳になる大学教授の私は大学の図書館から一冊の本を借りた。それは私が生まれた年、つまり五十年前に書かれた本で、ポルトガルの若者がヒッチハイクをしながら国中を旅する、という内容だった。本のタイトルは、フーガと言った。それは、ポルトガル語で『逃避』を意味する。
2019年1月21日 21:05
夏休みがはじまって一週間ほどたった七月の夕方だった。 その日の出来事は、一九九一年のどこかに浮かんでいるようだと、敬は思い返す。そのあやふやさは、どのような時間と空間に存在したのか、という類のものではなく、本当に存在したのか、そうではないのか、その実在を疑わせるほど敬の中では脆いものだった。そこに出てくる人々とは今はもう会えないし、声を聴くこともできない。だが、ふとした瞬間、かすかな風で羽毛が