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元報道カメラマンの私が、準広角・中望遠の単焦点レンズ2本で取材をする理由

私はかつて報道カメラマン(新聞社写真部員)でした。今も、単に「ライター」ではなく、「ライター兼カメラマン」を名乗っています。

あるライターサークルで、「撮影は原則、準広角と中望遠の単焦点レンズ2本しか使わない。あれこれ使うよりも、この2本を極めたい」と自己紹介したところ、「かっこいいですね」と言われたのに気分をよくして、この文章を書く気になりました。この2本だけを使うようになった経緯と、そのメリットをお話しします。

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もう、「カメラマン」を名乗るのはおこがましいと思っていた

まず、新聞社写真部員時代の話をします。「どの程度のレベルのカメラマンか」を最初に知ってもらう必要があると思いますので。といっても、自慢話にはなりようがないので、ご安心ください。

「お前らはフリーになっても通用しない」

30年ほど前で、私が20代後半のときだったでしょうか。むだ話・世間話のなかででしたが、上司から「お前らは外に出ても通用しない」と言われました。「外に出ても」とは、「フリーになっても」の意味です。

ならば、「通用するのはだれか」といえば、「出版局を経験しているカメラマン」です。

新聞社のカメラマンには2種類いた

新聞業界はこの20年間縮小を続け、組織もそれに合わせているので、社内の体制はかなり変わっただろうと思います。私がいたころは、新聞を発行する編集局と、雑誌を発行する出版局に分かれていました。このふたつをまたぐ人事異動も多くはありません。

新聞は使う紙も悪く、かつてはカラーもあまり使われていませんでした。写真を出稿する締め切りは、大きく分けても夕刊・朝刊の1日2回きます。しかも、大半は取材したその日のうちにです。撮影にも印刷にも時間を掛けられません。かつての上司・同僚には怒られるかもしれませんが、私がいた編集局写真部は「締め切りに間に合わせるのが最優先になる。品質はそれほどうるさくいわれない」部署でした。

一方、雑誌にはカラーグラビアもあれば、締め切りも週や月単位で、新聞に比べれば余裕があります。これに耐えられるだけの品質の写真を撮っている、というより、撮れるだけの腕がないと務まらないのが出版局のカメラマンです。

もちろん、編集局にも名人はいて、フリーになっても通用する人はいます。しかし、私は編集局しか経験していないカメラマンの典型でした。上司の「お前らは外に出ても通用しない」も、「そうだろうな」と思っていました。

新聞社時代は、松田聖子さんのインタビュー写真も撮影

それでも、芸能人ならば松田聖子さん・沢口靖子さん、経営者ならば中内功さん(ダイエー創業者)・稲盛和夫さん(京セラ創業者)などのインタビュー写真を撮っています。「車イスの天才物理学者」と呼ばれた、スティーブン・ホーキング博士が来日した際にも、単独取材でポートレートを撮影しました。

私の腕がよかったからではなく、「そういう新聞社にいた」だけのことです。大半は、出勤するとデスクから、「今日、これに行って」と紙を渡されるだけでしたから。人物の撮影だけではなく、事件・事故、プロ野球・Jリーグ・大相撲などの撮影も日常的な仕事です。

インターネットが広まりだし、「もう、新聞に将来はないな。2、3年うちには退職しよう」とすでに思っていて、周囲に対しても口にも出していたときに、仕事で大失敗しました。「これは、神様が背中を押してくれたんだ」と、すぐに辞表を出しました。2001年のことです。

10年以上ブランク。ネットの世界を見て、再びカメラマンを名乗る

その後10年以上、撮りもしない書きもしない時期がありました。やがてライティングを始め、取材もやるようになり、「せっかくわかっているんだから」と写真撮影も再開しました。ただ、取材・文字原稿とセットで写真を撮るようなっても、しばらくは「カメラマン」を名乗らずにいました。「出版局を経験していない私は、外に出ても通用しない」のです。

あるインタビュー記事での仕事が、考えを改めるきっかけになりました。取材時間が短めだったので、私の担当は取材と文字原稿だけにして、写真撮影は別にカメラマンを用意してもらいました。

ネットに掲載された記事を見てがっくりきました。使われている写真はどの1枚も、「編集局レベル」でさえありません。しかも、ヘソから上の上半身を撮ったものばかり10枚ほど並んでいました。撮影中に、職場風景など「こういうのも撮りましょう」と私から提案し、実際に撮るのも確認したにもかかわらずです。

「私のほうがよほどマシ。これで『プロカメラマン』で通用しているのならば、私がそう名乗るのを遠慮する必要はあるまい」。以後、プロフィルは、「ライター」から「ライター兼カメラマン」に変えました。

私が、これだけしか使わない準広角・中望遠とは

ほぼ同時に方針としたのが、「準広角と中望遠の単焦点レンズ2本しか使わない。あれこれ手を出すよりも、この2本を極めたい」です。

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【picture↑↓ 同じカキツバタを準広角(上)と中望遠(下)で撮る

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ライターの大半は単焦点レンズに興味がないらしい

このnoteは、「職業としてはライターで、必要とあれば記事のための写真も自分で撮る人」を相手に想定しています。大半の人は、使うレンズは標準ズーム1本でしょう。それどころか、コンデジさえ持たず、スマホで済ませる人までいます。『写真の撮り方』の本もろくに読んではいないでしょう。少なくとも、私が接した範囲ではそうです。

単焦点レンズともなると、「なんでそのようなものがあるか理解できない。興味もない」ではないでしょうか。

そのため、ここからの話にはくどい説明も出てきます。わかっている人には退屈なものになりそうです。それでいて、この1記事の文字数では説明は不十分です。特に写真用語・カメラ用語については、フォローしきれません。もし、ご興味をお持ちいただけるようならば、薄いものでけっこうなので、ノウハウ本の1冊でも目を通して、補ってください。その前提で話を進めます。

準広角レンズ・中望遠レンズの定義

まず、標準レンズを理解してください。その名前の通りに、レンズのなかの標準です。「フルサイズ換算(35mm換算)」で、焦点距離が「50mm相当」のものをそう呼びます。正確な話ではありませんが、「画面におさまる範囲が、肉眼で普通に見たときとほぼ同じ」と説明されるのが一般的です。

「準広角レンズ」とは「標準レンズよりもやや広めの画角までカバーする」もので、たいていは「35mm相当」をいいます。これも正確な話ではありませんが、「肉眼では、ぼんやりと見ていると、そのあたりまで視界に入る範囲」とイメージすればいいでしょう。

「中望遠レンズ」は「ちょっとだけ望遠」と考えてください。「85mm相当」がその代表で、「135mm相当」を含める人もいます。こちらは、「集中して見つめているときの、視界の範囲」です。

より広角や、より望遠になると、「肉眼では実際には見えることのない、不自然な光景が写る」ともいえますし、「レンズを通してならではの、おもしろい光景がファインダーのなかに広がる」ともいえます。

新人カメラマンも準広角・中望遠の2本だけのことがある

私は写真関連の学校出身ではありません。また、入社したときは取材記者で、後から人事異動の希望が通って、写真部員になりました。そのため、話として聞いただけですが、準広角・中望遠の単焦点2本は、「大学の写真学科で、特に報道志望の学生にまず最初に持たせるレンズ」だそうです。

また、私のいた新聞社写真部でも、指導役になる人によっては、新人にはこの2本だけを持たせて、街の風景もインタビューも撮らせていました。

つまり、「写真がうまくなりたい人、うまくならなければいけない人が、最初にマスターすべきレンズ」です。写真撮影を再開するに当たって、私も初学者と同じにしたのは、「また、勉強し直しやなぁ。しっかりと、ゼロからやろう」と考えたのが最大の理由でした。

単焦点のなかでも、この2本が選ばれる理由

単焦点レンズはほかにもあるのに、この2本が初学者の定番になる理由はいくつかあるでしょう。

・スポーツや野生動物でも撮らない限り、この2本でたいていのものは間に合う
・「ちょっと広角」「ちょっと望遠」なので、癖が少なく、広角・望遠への入門にいい

少し補足しておきます。「2本」以外に、最初期の勉強用のパターンとして、「標準レンズ1本だけにし、使いこなす」があります。程度の差はあるものの、「あれこれ使って、アブハチ取らずにはならないように」という点で、同じ方針でしょう。

実は、ズームレンズは使いこなすのが難しい

ズームレンズはたしかに便利で、お得感もあります。「標準ズーム」、それも「高倍率ズーム」と呼ばれるものならば、フルサイズ換算での24mm・28mmあたりから始まって、50mmは当然のこと、85mm・135mm、ものによっては200mmまで含まれますので。

ただ、問題も同じところから発生します。レンズにはそれぞれの焦点距離ごとに、写り方の特徴があって、撮り方もそれに合わせないといけません。

ズームレンズには単焦点レンズ数本分もの焦点距離が含まれ、それも無段階になっている分、習熟しないといけない撮り方も増えます。「無理だ」となるほうが当然ではないでしょうか。少なくとも、短期間でマスターできるレンズではありません。

ここまで書いて思い出したのが、新聞社写真部員時代に隣で聞いた、ほかの若手の質問とそれに対する大先輩の回答です。「ズームレンズはどう使ったらいいですか?」「使うもなんも、両端(りょうはし)だけやろ」。「(標準ズームの場合は)最も広角側を広角なりの特徴を生かして撮る。望遠側も同様にする。途中の焦点距離は捨てる」の意味だったと、私は理解しています。

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【picture↑ 「たにしあめ(ニッキ飴)」が名物の古い和菓子屋さん。「ズームレンズの端」の広角(24mm相当)を使って撮った。広角を生かして、このアングルを出すために、地面に腹ばいになっている

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【picture↑ ほぼ同じ足の位置から、目線の高さで撮ったもの。主役と考えている看板には、腹ばいから見上げた写真ほどには目が行かないし、歩道もむだに広く写っているように思えるのだが、どうだろうか。大人が地面に腹ばいになるなど、日常生活では考えられない。わざわざやるのは、「地面すれすれから広角で見上げれば、こう写る」と予測がついているからだ

ズームレンズと単焦点レンズの使い方の違い

「最も広角側を広角なりの特徴を生かして撮る。望遠側も同様」が気になるところでしょう。主に、85mm相当のレンズを例に話を進めます。

ポートレートレンズと呼ばれる85mmの単焦点

85mm相当の単焦点レンズは特に、「ポートレートレンズ」とされます。その名前の通り、バストアップ(みぞおち辺りから上)のポートレートには定番のレンズです。そうなる理由は、次のふたつでしょうか。

(1)「集中して見つめているときの、視界の範囲」なので、「人と人が面と向かって話でもしているときに、肉眼で相手を見ているのと同じ奥行きの広がり方」で写る。ポートレートとして最も自然な距離感になる

(2)画面いっぱいにバストアップを撮るか、それに近い場合、会話をするのにちょうどいい距離になる。カメラマン側から話しかけ、相手を笑顔にしたり、リラックスさせたりするにも都合がいい

たとえ85mmを含んでいても、ズームレンズは「ポートレートレンズ」とは呼ばないのが一般的です。F値が大きく、ぼかしにくいのも理由でしょう。バストアップかそれ以上に近寄ったポートレートともなると、背景どころか、顔面のなかで、「カメラに近い方の目にはピントが合っているが、もう一方はぼかす」までやることがあります。ズームレンズでは、この撮り方はほぼ無理です。

この「F値」の説明も省きます。とりあえずは、「ポートレートに使うレンズといえば、その代表は85mm相当の単焦点レンズで、前景・背景がぼかしやすい」と覚えておいてください。

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【picture↑ 中望遠の単焦点レンズを使って、人間の代わりに招き猫でバストアップのポートレートを撮った。絞り込んで(F値を大きくして)、被写界深度(ピントが合っているように見える範囲)を大きくしている。ピントは左目に合わせているが、右目もぼけてはいない。ズームレンズを使った場合も、ほとんどがこれに近くなるだろう

左 copy

【picture↑ 開放にして(F値を最小にして)、近い方の目(左目)だけにピントがくるようにし、遠い方の目(右目)はぼかしている。遠近の差が小さいので、右目のぼけも小さいが、右手ははっきりとわかる。ポートレートでは比較的好んで使われる、被写界深度の使い方とピントの合わせ方だ

右 copy

【picture↑ 近い方の目(左目)はぼかし、遠い方の目(右目)だけピントがくるようにした。通常は失敗写真とされる。

単焦点になじむと、カメラを構える前に撮影状況がイメージできる

単焦点レンズを使い慣れると、おそらくは、「この被写体で、欲しい写真はこうだから、◯mmのレンズがいい。相手との距離はこのぐらい、アングルはこの方向から。それを、背景がボケるように(背景までピントが合っているように)使う」といったことを、カメラを構える前から考えるようになります。

逆に、ズームレンズしか知らない人は、「まず、カメラを構えてみる。遠すぎるから望遠側に(近すぎるから広角側に)ズームする」とやっていないでしょうか。これで、「焦点距離ごとに異なる写り方・撮り方」を意識しているはずはありません。カメラというよりも、「倍率が変えられる望遠鏡」です。シャッターを切るのも、「望遠鏡で見えたものを記録した」にすぎません。

あなたならどうする? インタビュー相手までの距離が遠い

実際の仕事の場面に即して考えてみます。「ある会社経営者のインタビュー撮影に行った。バストアップも必要だ。しかし、相手はやたら大きいテーブルの向こうにいる。85mm相当のレンズでは短い」としましょう。

ズームレンズしか知らなくて、200mm相当ぐらいまである高倍率ズームを使っていれば、迷うことなく望遠側にズーミングでしょう。

一方、「ポートレートレンズ」を使いこなしている人ならば、こうなりそうです。「まいったなぁ。ほかに小さいテーブルはないのか? 写真撮影のときだけでも、そっちに移ってもらえないか。200mmを含むズームも持ってきたが、できれば使いたくない」

はたして、どちらがいいインタビュー写真になりそうでしょうか。

「まず、手始めに」ではなく、これから先も準広角・中望遠が中心

私が「この2本を極めたい」と割り切れるのは、「新聞社写真部にいたために、どの焦点距離のレンズも一通り使ったことがある。いずれのレンズもプロの使用に耐える性能のもの」は大きな理由かもしれません。でなければ、「うまく撮れないのは、レンズのせいだ。違うレンズならば、もっといい写真が撮れたはずだ」と考えたような気もします。

実際には、この2本で間に合わない被写体もあります。また、短時間に多種多様なシーンを収めなければいけないときは、やはりズームレンズは便利です。そういうときは、もちろん、準広角・中望遠の単焦点2本にこだわりません。ただ、例外的な頻度です。

最後に、ほかの人は言ってくれないので、自分で言ってしまいます。「単焦点2本だけを使うようにしたおかげで、新聞社写真部員時代よりも写真が少しマシになった気がする」。やはり、私程度のカメラマンならば、これから先も、中途半端にいろいろなレンズを使うよりも、基本中の基本の2本を使いこなすほうがいいような気がしています。


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