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【短編】告解室

 取り壊されると聞いたときから、どうにも気になってしまって、同級の子たちと行ってしまったのです。ええ、ここは、この教会は、私が物心ついたときからずっと、変わらずにあったと思います。だからびっくりしました。こんなにみすぼらしかったかなって。まじまじと見たことなんてなかったものですから。

 そう、あの日、あの日のこと、でしたよね。あの日は同級の子たちと、教会を探索していました。まあ、すぐに終わってしまうほど、そんなに広くはないのですけど……え? 鍵? かかっていませんでしたよ? というより、壊れていたんです。たぶん、劣化していたのでしょうね。
 ええと……それで私は、みんなとは別のほうへ、告解室に入ったんです。ふたつ扉があるうちのひとつに入りました。もう片方はどうしても開きませんでしたので、仕方なく。ひととおり内装をみて、ふうん、こんなもんかなんて思いながら、椅子に座ったとき、向かいの部屋のドアが開いたんです。あれ? って思いました。開かないはずなのにって。え? いや、見てませんけど……だって告解室って部屋を、こう、ふたつに仕切っている壁のところに、小さな窓がありますでしょう。その窓に細かい網目みたいなのがはられていて、モザイクがかっているんです。だから誰が入ってきたかなんて、分からないんですよ。私は「万智?」と、同級のひとりの名前を呼びました。
「はい」
 というその声は、万智のものでも、ほかの同級のものでもありませんでした。だからきっと、きっと、そのひとは、私たちが教会へ行くのをこっそりとみて、好奇心でついてきてしまったんだと思うんです。そうじゃなきゃ、あんな都合よく入ってくるなんて、あり得ませんから。
「神父さん、わたしどうしたらいいのでしょうか」
 彼女の声はすがり付くようでした。私を神父と間違えるなんて、考えてみればおかしな話ですけど、そのときは気にならなかったんです。気にならないほど、私は彼女を助けたかったのです。告白の内容は他愛のないことだったと思います……詳しくなんて言えませんよ。だってよく思い出せないんですもの。彼女のため息が、夏の風のように熱っぽくて、軽やかだったことくらいしか。
「わたしの家の庭に、きれいな花が咲いたんですよ」
 彼女が手もとをがさごそとやるたびに、百合の匂いがこちらの部屋まで迫ってきました。
「祭壇に置いておきますね」
 そう立ち上がって出ていきましたから、思わず私も告解室をあとにしました。目がくらむような日射しのなかで、誰かの影を見たような気がしましたけれど、彼女の姿はどこにもありません。祭壇にみずみずしい百合の花束があるだけで……はい……花は、まだありますよ、私の部屋に。おしべを取られているので、もうこれっきりの花たち、ですけど。
 私はためしに、隣の扉をもう一度、開けてみることにしました。びくともしませんでしたけど、蝶番がゆるんでいるみたいでした。もう少し、力をくわえたらいけるだろうと、後ずさって、助走をつけようとしたのです……すると花束からカードがこぼれ落ちました。「わたしにも花束をください」って、整った字で……だからこうして、私はここに来たのです……あなたがたが先にいらしていたので、この通り、まだ渡していませんけど……あの、何かあったのですか……ここで……えっ……今朝? それ、本当ですか、女の子の死体って……告解室? 告解室で見つかったのですか? どちらの、ですか? あっ……そうですか……だからこんなに警察の方が……はい、確かに……そうですね。あのとき私が、無理やりにでもあの扉を開けていたら、私が……ちょっと、待ってください。そもそも、どうして彼女は入ってこられたのです? おかしいですよね……あなたがたも、そう思いますでしょう? もしかして私は、死人と喋っていたってことに、なるのでしょうか?
 彼女がもう死んでいるのであれば、あの日の、あのやりとりは、本当になんだったのでしょう。私を求めてきたことも嘘だってことなのでしょうか。せっかく、せっかく花束だって、見繕ったのに……彼女の好きそうな花ばかりを……絶対に渡さなければならないのに。

 ねえ、そこのあなた。私たちの話、聞いていましたよね。ちょっと、あなた、あなた、無視しないでください。あなた、そうそう、あなた。聞いていたでしょう。そうですよね。彼女の行き先は、きっとあなたたちが、刑事さんたちが、調べてくれますから、私はそう思いますから、だから、この花、あなたに預けてもいいですよね。いいですよね。じゃなきゃ、私は……いえ……なんでもありません。とにかく渡してください。きっと、彼女に渡してくださいね。きっとですよ。彼女、本当に楽しみにしているんですから。

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