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2023

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すき焼き(エッセイ)

すき焼き(エッセイ)

中国のおもしろ映像で、恒常的な渋滞に耐えられなくなった男が、勝手に道路標識を書き足す様子が紹介されていた。かたや日本には、街の問題を当事者として解決しようとする人間はどれくらいいるのだろうか。男は警察に見つかり連れて行かれていた。

松本人志の性加害報道が出てから、関連するように芸風への批判が次々と上がっている。面白くないだのイジメだの、ここぞとばかりに叩いているがどれも解像度が低い。松本の笑いは

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大掃除(エッセイ)

大掃除(エッセイ)

駅前のサンジェルマンのビルが取り壊されるようで、閉店を惜しむ客達がコの字型にレジへと長い列を作っていた。常連客というわけでもない私は、悲しんでよいのか惑いながら最後尾に付ける。待っている最中にちょうど塩パンが焼き上がったので、盛られた中から聖なるひとつを取り上げてトレイに載せた。レジでコーヒーを頼んで、普段通りに年賀状を書いた。

買ってから5年ほど経つカーテンをはじめて洗って、カーテンレールで干

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年賀状(エッセイ)

年賀状(エッセイ)

何かを前進させないといけないような気持ちで、とりあえず年賀状を書くことにする。今年もスマホアプリでデザインをいじって、郵便局で白紙の年賀状を人数分購入し、セブンイレブンの複合機で印刷する。そこから喫茶店に入り直し、宛名と文章で余白を埋めていく。

腹が減ったので帰宅すると、辞めた会社から給与明細が届いていた。揉めていた立て替え経費が賞与扱いにされており、税金が控かれていたので、たまらず上司に電話し

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かかる(エッセイ)

かかる(エッセイ)

喜んで迎えてくれるかと楽しみに行った恋人の家で、思いの外冷たくあしらわれた。向こうはまだ仕事があったので、普通に迷惑だったかもしれない。心が「かかって」しまっているとロクなことがない。

14時に予約していた美容室に行って、伸びた髪を短くしてもらう。切り終わったところでオールバックにしてもらって、はしゃいで店を後にする。タートルネックのセーターを探して無印に寄ったが、生地が粗くて買わずに帰った。

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まだもう(エッセイ)

まだもう(エッセイ)

業務開始のLINEを上司に送ると電話が返ってきて、上司の住むマンションが断水で外出しているので好きに仕事をしておけという内容だった。新しく立ち上げた会社はまだ26日なのにもう仕事納めで、しかも再開が9日とくる。

畜群傾向のある私はこんなに休んでよいものなのかと不安になってしまうが、今日ちょうど配信された2024年の「しいたけ占い」に蟹座はたくさん遊びなさいと書いてあったので、まずは大人しく従うこ

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攻略(エッセイ)

攻略(エッセイ)

クリスマスに貰ったBluetoothスピーカーに接続してみる。聴こえる音の半分以上が低音で、アンプの前に陣取っているような感覚だ。解像度が高く、演奏の手捌きやニュアンスまで聴き分けられる。BGMにするには高級すぎるかもしれない。

仕事にも大して身も入らず、コンビニに買い物に行くだけで殆ど外出もしないまま一日が終わろうとしている。身体は動かさないが、食事量も減って太る兆候もない。朝晩もひっくり返っ

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件のグランプリ(エッセイ)

件のグランプリ(エッセイ)

今年の件のグランプリは、あえて一言だけ言うとすれば、「見せ算」だけが救いだった。

愚痴混じりに、いつもの友達と感想戦を交える。審査員から権威が失われて、挑戦者も観客も楽しさを甘受してしまった。審査員と挑戦者、勝者と敗者がボーダーレスに混じり合う寒さ。笑いとは緊張と緩和なのだから、大会の緊張感自体が貴重な財産だった、と失ってから気づいても遅い。

明日以降ゆっくりと考える事柄だろうが、何か大きく変

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『2』(エッセイ)

『2』(エッセイ)

昨夜の夢の中で私は悪事を働いていて、犯罪者の家に押し入って広間の奥の窓からその悪党を落として殺した。そこに黒人の女性歌手がクリスマスソングを歌いに訪れて、私は露呈を恐れた慌てて逃げ出した。起きると頭が澄んでいて、思いの外ぐっすり眠れていた。

今日はクリスマスを催す日で、阿佐ヶ谷で恋人と合流して食材を買いに回った。高架下のケーキ屋では店員が被り物をしており、私が凝視していると「そんなに見ないでくだ

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「ことばの学校」の半年間(エッセイ)

「ことばの学校」の半年間(エッセイ)

生まれて初めて書いた拙い小説で、いきなり批評を受けるというのは大袈裟な出来事だった(しかもそれが佐々木敦なんて!)。自分のことばが他者に届くというのは、それは喜びやら感動やら簡単な単語で言い表せるものではない、圧倒的としか言いようがない体験だった。だからとても恥ずかしかった。

特に感じたのは圧倒的な読書量の差で、読まなきゃというより敵わないなという感じだった。いまさら古典を読み漁ることもないだろ

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寒気(エッセイ)

寒気(エッセイ)

昨夜、風呂に入っていると寒気に襲われて、汗をかいていないことに気づいた。震えながら急いで身体を拭き、布団に入ったところで胃が落ち着かないことに気づいた。仕方なくトイレに戻り、内容物を吐き出すと食道が痛んだ。

目覚めると身体が痛くて起き上がれなかった。最初は意思の力で布団から出ようと試みるけれど、すぐにぬくもりに入り直してしまい、身体が休みたがっているのならば仕方ないと諦めて寝直した。気づけば体温

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黒いコート(エッセイ)

黒いコート(エッセイ)

日記を書くとき「言う」という言葉を多用してしまう癖があって、ずっと言い換えに悩んでいたが、「告げる」「明かす」「言い淀む」「言い募る」「口にする」とか色々急に降りてきた。一気に5個も6個も。

背広に黒いコートを羽織った普通の男性たちが、地味なビルに入っていく映像が流れていた。男達は検察で、安倍・二階派事務所へと強制捜査に入る様子なのだそうだ。動線の両脇には報道陣が群れを作っていて、盛り上げ役のよ

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お布団(エッセイ)

お布団(エッセイ)

先に目覚めていた恋人に、布団の中で身体を寄せると、「いまは貴方よりお布団のほうが好き」とすげなく言われた。シャワーを浴びてもその言葉が頭から離れず、自分のいじけ具合に笑ってしまった。見送りもせず、一人で駅まで帰らせてしまった。

テレビを見たり昼寝をしたり、すぐに飽きる仕事を月曜日のせいにしたりした。親しいお客さんには一通り声をかけ終わったところで、明日から少しギアを入れ直さなければならない。仕事

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プレゼント(エッセイ)

プレゼント(エッセイ)

クリスマスのプレゼントを恋人と見に行く。今年は"くるくるドライヤー"が欲しいそう。売り場に着くと、当然のように価格の安いものから手に取り始めるので、高い商品へとそっと誘導する。結局5000円弱の機種に落ち着いて、私は安すぎるとも思ったが彼女が満足そうな顔をしていたので、それを買うことにする。

階を移動して今度は私のプレゼントを選ぶ。一人暮らしを始めるときに買ったBluetoothスピーカーが古く

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切り返し(エッセイ)

切り返し(エッセイ)

待ち合わせの駅に早めに到着して、ベーカリーで最近できていなかった読書の時間をとる。廣瀬純の映画評では「ショット/切り返しショット」という言葉が重要な意味を背負っており、優れた作品は、既存の表現の「切り返し」なのだという指摘にハッとする。「賭け金」という語も頻出するが、それはいまいちわからない。

武蔵小金井駅からバスで府中市美術館に足を伸ばし、白井美穂の個展を観る。第一室のレディメイドの作品が面白

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