秘匿
私には隠しごとがある。隠しごとだらけだ。多すぎて、私からこぼれる言葉のどれが真実でどれが虚実なのか、どうにも判然としなくなっている。正直こんな自分に辟易はしている。ただ私にとっては、嘘をつけないって人はそれはそれで怖いと思う。誰もが何かしら隠しごとをしている、その前提が成立しないのはおぞましい。
でも、そんな私だから孤立してしまっているわけで……。
4限目の講義が終わる。火曜日は5限目はないから、そのまま部室に向かう。先に開けている人は……、今日は確かいなかったな、鍵を取りに行くか。思い出して、踵を返す。写真部は来月末の文化祭まで目立った活動はないから、今日は集まりたい人が集まって駄弁るだけになるだろうけれど。いや、それともたまには出かけるか。隣町の自然公園とかいいかもしれない。そんなことを考えながら、警備室に向かう。部室の鍵はそこで貰うのだ。その手続きに必要な学生証を予め取り出す。あっ、良かった。今日はそんなに混んでいなさそうだ。私の前には3人、こんなのすぐだろう。案の定、SNSを開いてタイムラインを更新していたらすぐ、私の番になった。
「あの、写真部の部室の鍵を借りに来ました」
はいよー、そんな軽い返事をして警備員の人は鍵を探す。しかし、なかなか見つからない様子。これはどうにもおかしい。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、鍵がないんだよ。……あっ、写真部さん、もう鍵借りてるねー」
嘘でしょ? 私は慌てて部のグループチャットを眺める。ちょうどそのタイミングで、『部室の鍵開けました』の連絡が来た。
部室の扉を開ける。鍵を開けた後輩が1人中にいるだけ。他の部員はやはりまだ来ていないようだった。
「お疲れ様、今日は早いね」
「先輩、お疲れ様です。5限、休講になっちゃって。普段鍵開けないので少しだけ連絡遅れちゃったんですけど、もしかして先輩を警備室向かわせちゃいました?」
彼女はあれこれ気を配ってくれる子だから、あれこれと心配をしてくれている。実際、私は警備室に向かってしまったし、結果的に二度手間となったわけだが、……わざわざそのことを言って気を遣わせるのは違うよな。
「いや、私の方は講義が長引いちゃってたからさ、全然心配しなくて大丈夫だよ」
そうやって、また隠した。これくらいのこと、いちいち気にするほどのことじゃないけれど。こういうものだろう、人間なんて。今回とか、わざわざ言う方が間違っているのだから。嘘がつけない人が怖いって、つまりそういうことだよ、きっと。
「あっ、そう言えば先輩」
彼女は彼女で難しいことなんて何にも考えていないような目で私のことを見てくる。そしていつものように世間話に転じようとしている。そんな彼女だってきっと、秘めごとをしているんだ。
「なんだかんだで先輩と2人きりになるの、珍しいですよね。あの、先輩のこと色々聞かせてくださいよ! たまには先輩の話も聞きたいです」
「ん、そう言えばあまりないね、2人きりになること。えっと、でも私の話って?」
「色々聞きたいです! 好きなものとか、趣味とか、何でも!」
「え、えぇ……」
急にそんなこと言われても。私自身のこととか、思えば全然話したことはなかった。そのことが当たり前になっていた。隠していたつもりはなかったけど、……ひけらかすつもりもなかったから。
「ほら、いつも私の話ばかり聞いてもらっちゃってますし。いや、私だけではもちろんないんですけど」
私が好きなもの、なんだろう。写真、は趣味の方だろうか。いやでも、写真部で写真が趣味ですは当たり前すぎてつまらないような。……そもそも私は本当に、写真を撮ることが好きなのだろうか? ダメだ、何が本当の自分なのか、分からなくなっている。普段から休みの日は何をするでもなく過ごすことが多いし、ましてやひとつのことに打ち込むこともそうそうない。だけどそのことを言うのは恥ずかしいように思える。私は今、何が言えるのだろうか。
「先輩? そんなに真剣に考えます?」
あぁ、何も言えないんだ。
「……そうだなぁ。いや、私のことは秘密ってことで。そっちの方がミステリアスって感じで、カッコよくない?」
「えー、何それぇ」、後輩が苦笑いを浮かべながら言う。ちょうどそのタイミングで、部室の扉が開いた。
「あっ、もういるねぇ。授業早く終わっちゃってさぁ」
「あ、部長! お疲れ様です!」
流石に早く終わりすぎているなぁ、そう思うだけ思って、やっぱり言わない。部長は私の方を見て、ニヤリと笑う。私の頭の中を見透かしているようで、本当にミステリアスなのはこういう人だよなと思わせてくる。
「そういや今日の活動はどうしようか。いつも通り駄弁ってるか、それとも……」
部長は、右のこぶしを口元に持っていって、うーんと唸っている。たまには自然公園に出かけませんかって、提案するのは野暮だろうか。胸に秘めたままでいることの多すぎる私には、どうも分からなかった。
「私はたまにはカフェに行きたいです」、そんな声が遠くで反響している気がした。