見出し画像

枯れない観葉植物

 あなたの代わりなんていない、そんな言葉をふいに思い出す。数年前……、そうだ、僕が高校生だった頃に部活の顧問にかけられた言葉だ。安っぽい励ましとかではなくて、期待の押しつけ。色んな人が協力していったとしても、あなた1人がもたらすことは起こし得ない。だから頑張ってほしいって、多分そういう意味だった。字面だけ見れば褒め言葉ではあるのだけど、その裏に「都合のいい奴」という思考が隠れていることくらい、ちゃんと気がついている。あなたに頼めば、いつでも手を抜かずに奮闘してくれるから。面倒ごとも厄介ごとも、ちゃんと収めてくれるから。その上で僕がこういう生き方しか出来ない奴だから、「都合がいい」。考えすぎなのかもしれないけれど、でも「頼りになる」ってつまりそういうこと。それが間違いなく僕の長所であって、もっと言うなら僕の生き方の形容だから、受け入れるしかない。

「疲れ知らずが疎ましいよね、ホント」

 いっそ倒れたりなんかしてしまえば、彼も限界なんだって思って、そういうことも減るだろうに。そう考えて、ため息を吐いた。起こり得ない未来だと否定するように、コピー機がエラー音を鳴らす。いつまで、こんななんだろうか。いやいや何を余計なと首を振り、機械の要望通り紙を補充する。……おっと、今入れた分で用紙は最後か。

「忘れないうちに、買いに行かないと」

 ついでに雑貨屋にも行こう。買っておきたいものがそこにもあったはずだ。それならばさっさと行ってしまおうと、ちょうど印刷し終えた書類を片付け、持ち物を揃える。そして思い立ってから5分もしないうちに、外へ出た。


 新しい傘、食器、そして新しい年度に向けての手帳。買おうと思っていたものをカゴの中に入れていく。そんな感じでホイホイと入れていたら、すぐに必要なものが揃いきった。コピー用紙も買ったし、もう帰ろうかとレジに向かう。……そこで、たくさんの観葉植物が視界に入ってきた。単体だと小規模なインテリアに過ぎない観葉植物だが、こうもたくさん並んでいると壮観である。とは言え別にいらないか。脳内はそう言っているのに、身体は気まぐれにそちらへ近づいていく。近くに来て分かったことだが、どうやらこれらはフェイクグリーンと呼ばれるものだった。本物の植物ではなくて、人工物。その分枯れないし、育てる必要がないから、インテリアとしては割と都合のいい物である。そう、都合がいい。僕と同じく。勝手に悲観的になるのはよくないよなと思いつつ、それでも胸の奥の棘が刺さったような感覚は消えてくれない。

「……あなたの代わりなんていない」

 人工の観葉植物には、代わりのものがこんなにたくさんあるのに。フェイクグリーンは僕と同じ都合のいい存在だけど、その点では同じじゃない。僕も代わりが欲しいよ、少しだけでいいから。僕の代わりに生きてくれる、少しの間僕を現実から逃がしてくれる、身代わりみたいな存在が。身勝手かもしれないけれど、でも頭の中でくらい身勝手でいてもいいじゃないか。そんなことを考えているから、無意識のうちにフェイクグリーンの中の1つを手に取っていたことにしばらく気がつかなかった。わざとらしく光を反射するこの姿からは、無機質さだけでなく、翳りのない逞しさが感じられる。弱ることなんてないのだから当然だけれど。フェイクグリーンを持つ手を少し強める。

「お前が、身代わりになってくれたりなんて……、しないよな」

 うん、分かっている、そんなこと。だけど、どうしてもそう願っていたかった。せめて心の拠り所にはなっていてほしかった。僕の代わりになってくれないかって、身勝手をぶつけられる。そんな存在が欲しかった。
 手に持つフェイクグリーンをカゴに入れる。改めてその棚を一望して、今カゴに入れたものが他の物よりも少し色が濃かったことに、大したことではないのだろうけれど気がついた。