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父に思うこと

先月の母の日に僕の母への不満をぶっちゃけた。本来の趣旨とは異なることを綴ったにも関わらず、14の「スキ」を集めることとなった。
前々から、軋轢が生じることの恐怖から両親に対して物を言いづらくなっていることは過去何回か記事で言及している。一人暮らしで距離を取ることで少なくとも自分らしくなれてはいるが、父も母も自分の気持ちを分かってるとはとても言えない。noteの存在は大っぴらにしていないけど、いつか、バレるので今のうちに父に対しても自分が長年抱えてきた不満や思ってることをこの場でぶっちゃけさせて頂きたい。

父の基本情報(僕が知ってるだけ)

ちょっとだけ、父がどんな人かを分かってるだけ紹介したい。父は僕と同じく滋賀県長浜市で生まれ育っていて、実は僕の実家=父の実家である。3きょうだいの長男坊で、大方のイメージ通りきょうだいで最もしっかりしている。高校は滋賀県北部指折りの進学校を経て、関西大学を卒業し、大手IT企業に入社。超の付くエリートと言っても良いだろう。
そんな父の特技は、大学時代やっていたクラシックギターの他、アマチュア無線の免許を持っているのも僕は見たことがあった。(いずれも実際やってるところはほぼ一度も見たことない。ただ、車庫の廃品置き場にギターは眠っている。)

理性的で厳しい。

ゴリゴリの理系故に父は論理的に物事を考えている。ヒステリックになることは滅多にない。ただ、だからといって優しいと言われても、それは違う。父自身の成功の多い経歴から、勉強に関しては特に厳しかった。中学時代から数学の成績が落ち込んで、40〜50点台ばかりになると「もうちょっと頑張らなアカンで〜」と言うようになった。ただ、繊細な僕はこのとき、父の口調が怖くて萎縮。無力感に苛まれ、ゲーム、鉄道の本で現実逃避していた。

さらに、僕が就活がなかなか進まないことに業を煮やして、叱りつけたときは、父のトーンだけを聞いて、僕の感情がフルスロットルで暴走、「僕は社会不適合者」「勘当されるかも」などありもしない妄想を暴発させながら、家に帰った。それを母にショートメールでそんなことを書いたら、思い上がりだという旨のことを言われ、この翌日父はそれは誤解だと釈明する事態になった。こればかりは思い上がり過ぎた僕が悪く謝罪。でも、孤独に苛まれてこうなるしかなかった。
ヒステリックでもギャンブル狂でも無ければ、酒癖も悪くないのが幸いしている父。ただ、畏まったときの父のトーンは僕の精神に耐えられず、苦しいレベルで、怖くて、今でも勉強や仕事探しのことは相談できないし、気が引ける。

いろんなとこへ連れ出してくれた。

ただ、そんな父の一番良いところは国内いろんなところへ連れ出してくれることだ。近隣の岐阜、福井、加賀温泉(石川県加賀市)のほか、開館したての「リニア・鉄道館」(名古屋市)、遠いところだと、倉敷チボリ公園※、鉄道博物館(さいたま市大宮区)、山梨、長野、栃木の日光と鬼怒川温泉、実家が神戸に引っ越し後は須磨離宮公園と淡路島などに連れ出してくれた。
他にも、僕が7歳頃、京セラドームの野球観戦に連れ出してくれたこともあったが、今ほど野球に興味無くて、すぐ帰ってしまった。ただ、浅はかながら野球の話についていける今なら父に「行こか!」って言われたら、選手名鑑とタオル買って、喜んで行く。我が家で野球の話せんからこんなこと知る良しもないけど。

※デンマークにある同名の公園をモチーフにしたテーマパーク。元ネタと縁があるアンデルセン童話をイメージしたショップ、レストランなどがあった。2008年に閉園した後に跡地が再開発され、「三井アウトレットパーク倉敷」と「アリオ倉敷」、市営の「倉敷みらい公園」に生まれ変わった。

それでも、色んなところに連れ出してもらって嬉しく話のネタが増えるし、緻密で上手な計画とオリジナルのしおりなども、高学歴でスペックの高い父親だからこその高クオリティだ。先日父が1人ハイキングしたのときもそうだった。
さらに、お金も惜しまず、浅草から鬼怒川へ向かうとき乗った特急『スペーシア』は最上級クラスで一部屋3000円台の4人個室のきっぷを取ってくれた。なかなかの高額だから、ここに乗れたのはあまりにも貴重だった。一人旅では絶対買わない高嶺の花やし。

ということで、「父の日」に父に対して思うことをぶっちゃけました。父に対しては尊敬の念がある一方で自己評価が低い僕にとっては比較しがちで高学歴でスペックの高い父には勝てんわって思ってしまいます。そうは言っても、色んなところに連れ出してくれるのはありがたくて嬉しいし、理性的に物事を考える姿は見習いたい部分です。恩返しをするには程遠い僕ですが、そんなことが実現できればなんて心の底で思っていたりもします。親の存在は偉大です。

ストリートミュージシャンの投げ銭のような感覚でお気軽にどうぞ。