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わたしとアーユル/完璧主義とわたし

わたしとアーユル 連載中!
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今朝、朝の支度をしながらふと思ったことが
色々と繋がっていったので、今日はその話。

最近、ベビーを迎える準備をする中で
無駄遣いになるものは買いたくないな〜
必要最低限のものだけ買いたいな〜
という気持ちが強く出てきていました。

情報を収集しようと調べても
ある人は
「産後の救世主!これがなかったら無理!」
と書いている商品が、別の人は
「絶対買うな!使わない!」
なんて買いていたりして、
どっちやねんとなるばかり。


人によって違うのは当たり前、
産まれてくる子どもによって好き嫌いや
合う合わないがあるのも当たり前。
わかっているのに、なんだかスッキリしない
この気持ちはなんなんだろう?と
自分の内側を探ってみるとそこに

"失敗したくない"という
わたしの完璧主義的な考えがある

ということに気がつきました。

よく、
"失敗なんてない!
全部成功のために必要なことなんだ!"
みたいな言葉をみるけど、
私はここについてはひねくれてて。

いやいや〜それは成功して結果を得た人が
高いところから後ろを見たときに言えるだけで
わたしは今目の前のことに対して
嫌な気分になりたくないんだよと思ってます。

失敗しない人生なんて無いのは百も承知。
これまでたくさん失敗してきたこともある。
だけどやっぱり、
失敗しないで済むなら極力したくない!

そういう気持ちが、わたしの中にある
と気がついたんです。
失敗しない人生なんて面白くない!
と、わたしは素直に思えないのです。


それでもやっぱり完璧はあり得ない。
どれだけ準備しても予想外のことだってある。

じゃあわたしはこの気持ちとどう向き合う?


そう考えたときに湧いてきたのは

失敗ではなくて、全ては行動の結果。
わたしが選んだ行動の結果として現れるだけ。
じゃあどんな行動を選ぶか?
その結果を素直に受け止められる選び方をしよう。

だったらわたしは
私の直感・ときめきを大切にしよう
どきどきワクワクするほうを選ぼう。


そう思ったんです。そしたら、
"あ、これまさにアーユルヴェーダじゃん"
と気がつきました。

アーユルヴェーダにも
何が良い悪いということは無くて
【万人に良いものはない 万人に悪いものもない】
という教えがあります。

私たちは日々自分の状態を観察して
心地よいバランスを保つためのアプローチをする。
その結果がまた、心や体に結果として現れる。
またそれに対してアプローチして、
結果が出て、、、というような繰り返し。


ちょっと話しの規模が違うけど
冒頭のベビー用品準備も
選んだ結果が返ってくるだけ。
そのあとまたアプローチすればよい。

その結果に対して、むしゃくしゃしたり
ストレスを溜めないために今できるのは
私がご機嫌でわくわくして行動を選ぶことだけ。


そう思えたらすごく気が楽になって
ベビー用品を見る気持ちが変わりました。


変えられること・変えられないこと
当たり前のこと・でも納得できないこと
色々あるけど大切なのは誰かの意見や
世間の当たり前ではないし
自分の中のモヤモヤした感情を塞ぐことでもない。

自分基準の心地よさ だよなと
今回の出来事で改めて思いました。


ついつい外の情報に手を出してしまうけど
今回みたいに自分の内側と話し合って
心地よさを選んでいきたいなと思います。


misaki

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