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「仕事辞めます。」決意した友へ

山手線に揺られながらぼーっと眺める景色はどんよりしていた。壁にひびが入っているほど年老いたビルは、さらに年老いて見える。折角の土曜日も曇りか。雨も降り出しそうな曇り空。バッグに折り畳みの傘を忍ばせてきた。

電車内を見渡せば、窓の外ではなく手元の液晶窓を除いている人だらけ。大きい窓から眺めるこの街の風景も悪くないよ、と心の中で呟きつつ、私も右手に握られた液晶窓が気になり、何気なくInstagramを開いた。

液晶上部にずらりと並ぶアイコン。一番手前に表示されたアイコンをタップした。

仕事辞めます。

綺麗なお花に添えて投稿された言葉たち。

とても仲良くさせてもらっている友人のストーリーだった。

友人は数年前、起業して会社の代表として事業を大きくさせてきた。設立当初から知っているわけではないけれど、彼女がとても情熱を注いで来たことは知っている。睡眠時間3時間で現場からバックオフィスまで回していたことも、疲労が溜まり何回か病院に運ばれたことも。その会社を一旦閉じることにしたらしい。

突然のこと過ぎて、そのストーリーの画面を指で止めて、数十秒ほど眺めていた。

「自分の育てた会社を閉じるという決断は、どれほどの勇気を振り絞ったことだろう。」

「ここまでたくさん嫌なこと大変なことがあっただろうな。若い女性起業家というだけで、舐められ利用されやすい社会だもの。」

「重圧に耐えながら、手探りの中でも前に進み続けてきたからこそ見えた景色があったんだろうな。」

気付いたら私は彼女を想って涙を流していた。正確には勝手にこの決断に至るまでの背景を想像して、勝手に泣いていただけなのだけども。不幸いなことに私は前髪がないので、隠そうにも隠し切れない。目の前のおじさんに2度見された。けど、ここは東京。気を遣ってなのか無関心なのか、高いスルースキルを発揮してくれた。

泣いた勢いのままストーリーにメッセージを返した。彼女への労いと応援の言葉。彼女からも感謝の言葉とここに至るまでの経緯が返ってきた。
そして、彼女もまた電車の中で泣いていた。帰宅途中だったらしい。私と違って前髪あるから隠せたよね?


私の大切な友よ。
お疲れ様。
すべてを理解することはできないけれど、
きっと私の想像を超えるほど大変な道のりだったよね。あなたは十分頑張ってきたよ。
もう一人で背負わなくていい。
もうボロボロになるまで戦わなくていい。
身軽になったあなたは、
きっとまた高く遠くに飛んで行ける。
そのときは私も付いて行くからさ。
だから、そのときまでゆっくり休んで。
あなたの心を癒してあげてね。


ふと窓の外を見ると、重たい雲間から軽やかな夕陽の光が差していた。オレンジ色に照らされたひび割れたビルは、どこか懐かしい温もりを帯びていた。バッグに忍ばせた傘の出番はなさそうだ。


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