ここまでの10年を「予測」する(2014年の春木ゼミ)
0.改めて未来予測手法
未来をテーマにして、大学生と社会人の方々を巻き込んだPBLを始めています。近未来への「未来予測」をしたいと考えています。消費者の動向予測やこれから必要とされるビジネスの立案など、ミクロかつ実用的なレベルでの有効性だけではなく、何より学問的にも得るものも多そうです。そんな背景から、未来予測に注目しています。尚手弁当で運営しているので、企業さんとか協力してくれてもいいのよ。
但し、未来予測は確固とした学問領域として確立しているわけではなく、どちらかと言えば、民間のシンクタンクや研究所などが、個々のケースを通して試行錯誤した結果が蓄積しているといった状態です。そもそも「未来予測」だけを取り出しても意味はなく、前述のように例えば事業計画の立案や新規事業の立ち上げなど、経営学やその他の領域における一つの方法論といった位置づけです。ここではそれらをブラッシュアップして、いわば「未来予測学」として提起したいと考えています。
ちなみに「~学」とは、学問や学術の分野を指し、広範な知識体系を意味します。似たような概念に「~論」というものもあります。これは特定の主題や議論に纏わる議論を意味しています。端的に言えば、未来予測は体系化されているわけではなく、いわば細分化された論点のようなものです。だから、それらを体系化して未来予測学に昇華できればなぁ、といったニュアンスで捉えてください。「~学」なんて、名乗ったもの勝ちです、そう言えば前職の大学には「横浜学」などという科目もありましたが…。名乗ったもの勝ちではあります。
・未来予測の概要
未来予測に関するまとまった記述としては、令和2年版科学技術白書がまず指摘できます。
まだ記憶に新しいとは思いますが、令和2年、2020年はパンデミックの入り口であり、さらに世界的なSDGsを代表とする既存のパラダイムの見直しが大きな課題となっていました。また進化する情報技術を前提とした、仮想空間と現実空間の融合によって、経済発展と社会的課題の解決を目指した、“Society 5.0(ソサエティー5.0)”のコンセプトが提起されています。
当時の荻生田文部科学大臣による巻頭言を引用しますが、問題意識がはっきり述べられています。
これは現在でも有効なものでしょう。と言うより、パンデミックが表面的であるにせよ、一応の終結を見た現在、それまでとは違う未来の姿を模索するのは、非常に重要なことだと考えています。
同白書では、最初の章で「科学技術による未来予測の取組」と題して、未来予測手法に関して、簡潔にまとめています。そこからの引用ですが、以下に代表的な未来予測手法と呼ばれているものを示します。
ここでは個々の手法に関しては触れません。大きく、定性的手法、定量的手法に分かれますが、どれもそれなりに有効性があり、元々の考えが生まれて来た領域や課題などもあるとは思います。ですので、唯一の手法ということではなく、実際にこの白書でも「Society 5.0」を前提に、ハイブリッド手法で論を進めていたりもします。
・未来予測の登場
白書でも指摘されていますが、元々は1970年代頃から、未来予測と呼ばれる手法が登場してきました。その背景にはオイルショックやエネルギーの枯渇などの指摘といった環境に関する事情があると考えていいでしょう。そこまで、世界的に第二次世界大戦後の復興や軍事技術の民生化などによって、科学技術は無尽蔵にエネルギーや資源を使って来たわけですが、そうした方向性にいろいろな側面からストップがかかって来たのがこの時代です。
この指摘にもあるように、現代においては科学技術と未来像というものは切り離すことが出来ないものであって、それを抜いた未来予測は現実性が希薄なものになってしまいます。もちろん時代のパラダイムが変わるにつれて、科学技術に期待されることも変化して来ています。1980年代以降、環境問題を中心に南北問題や経済、教育格差、人権など様々な社会課題が、国際的に健在化して行きます。白書の指摘通り、1990年代以降には、科学技術にこうした社会的課題解決への貢献が大きく期待されるようになって行きました。
元来未来予測とは、現在からデータを積み上げていくことで未来像を導き出して行く考え方であり、これを「フォアキャスト」と呼びます。上記白書でも示されていますが、そこでは統計的手法やデルファイ法などを用いることが多いようです。
こうした経緯で様々に試行されてきた未来予測ですが、単なる予測をするだけではなく、さらにその予測に基づいた計画をも含んだ概念としても捉えられて来ています。要するに、あるべき未来を想定して、そこへ到達するためにはどういうプロセスを取るべきかといった考えであり、それを「バックキャスト」と呼んでいます。
これら一連の考え方は、決して相互に矛盾するものではありません。ですので、どちらの考えを取るにせよ、現在の延長線上に未来があるという、単純な捉え方では、現代社会には対応できないという問題意識から、より不確実性が高く、非線形的に進む未来を描き出すことを、「フォーサイト・未来洞察」と呼び、実践されて来ています。以下に取り上げる「シナリオ法」は、その代表的手法と言っていいでしょう。以下にその詳細を解説します。
1.シナリオ法とその実践
シナリオとは、脚本や台本、つまり物語の筋書きのことです。未来予測手法におけるシナリオ法とは、未来に対して大きな影響力を持ついくつかの要素を抽出して、それらの取り得る可能性に基づいて複数の未来を設定し、それに至る過程を描く手法を指します。
具体的な成功事例としては、未来予測の世界ではほぼ伝説化している、1970年代におけるエネルギー企業ロイヤルダッチシェルのケースが指摘できます。
こうしたグローバルな成功事例は、非常に魅力的ですが、事例そのものが大規模だったりあるいは古典的だったりするので、実際の私たちの未来予測、未来洞察に必ずしも有効とは言えないかもしれません。
そこで以下に、すでに起きてしまったことを元に、より具体的にシナリオ法について考察していきたいと考えています。今から10年前、2014年から見れば現在は、あの頃の未来です。すでに起きてしまった未来ですので、予測は誤る可能性はありません。あえて10年前にタイムスリップをして、シナリオ法によって未来予測を試みてみましょう。
今が、2014年前後だとしてください。そこから10年後の未来予測をしてみます。10年前からみた10年後、つまり現在です。そこに至る可能性を改めて考えてみましょう。
・PEST分析について
10年間で起こりえる可能性を列挙し、組み合わせて、2014年の時点で、こうなるかもしれないと考えられる未来を複数挙げて考察します。これらがシナリオになる訳ですね。
但しこれだけでは、取り留めのないたわ言になりがちです。そこでシナリオ法では、通称PEST分析という手法を使って、ロジカルにシナリオ化して行きます。私たちの現在や未来に大きな影響を与えそうなものには、社会や政治の動向、科学的発見、技術革新、自然環境、経済など様々な要因があります。これらを大まかに、「政治(Politics)」「経済(Economy)」「社会(Society)」「技術(Technology)」という4つに抽象化して分析していく手法がPEST分析です。但し実際にやってみるとよくわかりますが、この観点を通して考えると、マクロ的に外部環境を把握することになります。実際に、経営戦略、海外戦略、マーケティング戦略など、企業における事業戦略の立案などに、PEST分析は有効だとされています。
今回、よりミクロに特定の職種や企業、産業などを分析していこうと考えており、端的に言って、これでは粒度が粗すぎます。そもそも政治や経済などの要因は、自らで何かができることではない要素が多いため、ここではこのPEST分析をより簡略化した分析フレームワーク(TRM分析)を使います。簡略化PESTは、①科学技術(Technology)を重要な要因と考えますが、それ以外に②規制(Regulation)、すなわち法規制だけではなく、社会の在り方や制度、慣例などと、③市場(Market)、すなわち人々の受容や意識、価値観などに要因を分けて考えていくことになります。政治や経済といった抽象的な要因を、より人々に寄せて考えるもので、おそらくはこれによって、シナリオ法のための要因、イベントの抽出が可能になると考えています。
・インパクトポートフォリオの作成
PEST分析によって、時代を変えていくであろう様々な要因は抽出、列挙できると思います。さらにシナリオ法では、それらを、時代に対する①インパクト(影響力)と、②不確実性の大きさの2つで整理していきます。以下の図は、その2つの軸で分けるためのポートフォリオ(インパクトポートフォリオ)です。縦軸には影響力の大きさを取り、横軸にはその要因の不確実性の大きさを取ります。その上で、影響が大きく不確実性の高いトレンドを探していくということを行います。つまり以下のポートフォリオの右上の象限を探して行くわけです。
例えば、少子化というこの国におけるトレンドは、社会的にも大きな影響力を持ち得ますが、それは既に起こっているわけであって、確定的なトレンドです。未来予想においては、確定したものとして扱われるわけです。影響力の低いものは、影響力の大きなトレンドに対して間接的に伝わるという意味で、間接的ドライバと呼ばれます。
この2軸を念頭に置きながら、10年間のトレンドを抽出していきましょう。不確実で影響力の高かった出来事を探すわけです。
・未来シナリオへの変換
旧来未来予測は、研究者・技術者等の同質性の高い専門家集団が主な担い手でした。しかし先端的な科学技術の動向のみならず、社会の変化や人々のニーズなど幅広い要因の把握が必要となり、多様性の高い集団も未来予測に大きくかかわることになって行きます。その結果、様々なトレンドが抽出できることと思います。
ここではそれらのうち、最も重要だと思われること、影響力が大きいものなどを、最終的に2つに絞って抜き出します。要因①と②について、それぞれが+に振れた場合とその要因がーに振れた場合、要するにその要因が大きなものとなった場合とそうでもなかった場合の2つに分けて、その2軸を組み合わせます。
2軸の組み合わせなので、以下に示すように、4つの象限が考えられます。簡単に言えば、4つの未来シナリオを仮説として立てて、それぞれを評価していくという作業を行います。右上の第1象限は、2つの要素が+の場合、第3象限はその逆に全てがマイナスな場合、そして第2、4象限は、どちらかがマイナスとプラスの場合です。
なおここで抽出する2軸は、簡略化PEST分析(TRM)では、科学技術だけ、あるいは社会だけといった偏りをなくすために、特に技術と規制、市場の2つに分けて考えていきます。このように、未来を4つの可能性で考えていくわけです。では具体的に、2014年からの10年間を分析していきましょう。
2.簡略化PEST分析による2014年の未来予測
2014年頃、要するに今から10年ほど前からここまで、いったいどんなことがあったでしょうか。そこから技術と規制、市場に着目して2軸を抜き出すわけです。
まずはそれらを列挙していきたいわけですが、おそらくこういった作業には、AIが適しているかもしれません。
・市場と規制の軸
以下には、ここ10年ほどの社会的な出来事を、chatGPTを用いて、まずは国際、国内に分けて整理してみました。
まだまだ記憶に新しいことが多々ありますが、これらから、前述のようにインパクト(影響力)と不確実性という側面で整理をして行きます。あくまで感覚的な印象でしかありませんが、この10年間では、国内外において、様々なマイノリティの存在が可視化されて来たように思えます。ジェンダー(Me too)、民族(BLM)、性的マイノリティ(LGBTQ)などが話題に上りましたし、さらに政治、経済の領域でも、メジャーなもの大多数なものに対する何か、といったことが、例えば以下のような話題でも伺えるのではないでしょうか。
また国内でいえば、中央集権的な政策の問題点や地方創成に新たな注目が集まったのも、その文脈で把握できるように思えます。
こうした中央集権的なモノに対するマイノリティ的なものといった意味で、まずは多様性(Diversity)を挙げることができると考えます。
その対義語としては、なかなか難しいものがありますが、「一般的・普遍的・統一的・均一的」を意味する(Universal)がそれに該当すると言っていいでしょう。ここでは「画一的」という訳を与えておきます。インパクトポートフォリオの1つめの軸は、規制、市場の観点から「多様性⇔画一的」にしておきます。
・科学技術の軸
もう一つの軸としては、特に科学技術に着目します。以下もchatGPTによるものです。
極めて妥当な解答ではないでしょうか。そもそもAIがこのようにデータを整理して提示してくれること自体、10年前には考えられませんでしたが、総体的にデジタル技術の裾野が拡大したということが大きなトレンドということは間違いがない話です。
それは前述の1でも指摘されているように、市民レベルではスマートフォンが大きな役割を果たしていると言えるでしょう。言うまでもなく、タッチパネルで操作するスマートフォンは、2007年に発売されたApple社の「iPhone」がその嚆矢であり、 日本では2008年に2代目「iPhone 3G」から販売が始まり、2009年にはAndroidスマホが登場しています。やはりスマートフォンで現実化したデジタル技術が過去10年以上の大きなトレンドを牽引したと言って過言ではないでしょう。
例えば、写真、動画のSNSで若者層を中心に絶大な人気を誇るインスタグラムは、2014年2月17日に日本語版公式インスタグラムアカウント 「@instagramjapan (インスタグラムジャパンhttp://instagram.com/instagramjapan)」を開設しています。10年前ですね。
つまりこの時点では、これらのサービスが、人々には支持されなかったかもしれない未来も考えられるわけであり、やはりデジタル技術の一般化は大きなトレンドと言っていいでしょう。デジタル技術に対して、アナログ回帰といった軸になるでしょうか。
3.2024年に向けた未来シナリオ
一つの結論ですが、この10年強では、①多様性⇔画一性と、②デジタルの拡大⇔アナログ回帰という、2つの影響力のある、かつ不確実なトレンドがあると仮説付けます。もちろんその他の観点もあり得るわけであり、これが唯一の解というわけではありません。
・未来シナリオの詳細化
ではこの4つのシナリオを詳細化してイメージを強化していきます。そのために、以下の2つの問いかけをします。
本来でしたら、グループワークなどでこうした意見を出していくわけですが、今回は再びAIに問いかけてみます。まずは①多様性の無い社会に関する解の抜粋です。
実に無難で見事な解答だと思います。いくつかの項目は省略しましたが、多様性という概念の現実的な価値や意味合いなどが、よくわかります。
ここではさらに、②のデジタル技術の拡大がなかった社会、例えばスマホが無い社会を想像してみます。AIの解答の抜粋は以下です。
こちらも実にわかりやすい解答です。おそらく教室で学生たちにグループワークで議論してもらってもこうした答えになっていくでしょう。これらを導き出すプロセスに価値があるのであって、教育におけるグループワークや議論の価値はますます重要になるのも間違いはありません。
この結果をもとに、2つの軸を直行させて未来シナリオを作成します。ここでは縦軸に多様性を取り、横軸にデジタル化を取ります。その上で、4つの象限をそれぞれ、「取り得る未来」としてイメージしていきます。シナリオ法では、それぞれの可能性にシンボリックなキーワードをつけることが推奨されていますので、例えば以下のように名前付けをしてみました。
デジタル化が進み、多様性が肯定されてきた世界、それが現状ということですが、それらが全く欠けた世界、左下マイナスマイナスの世界を仮に「田舎」と名前付けます。具体的などこかを指しているわけではなく、また貶す意味でもなく、単なるステレオタイプ的な記号としての呼称です。左上、デジタルが進んでいないうえで、多様性が進んだ社会、イメージしにくいですが、筆者には「平成パラダイス」という言葉が思い浮かびました。あの頃のテレビやメディアは、なんでもアリでした。平成カオスかもしれません。例えば以下のような指摘もあります。2006年、平成18年はオネエ元年だそうです。
さらに右下、デジタル化が進み、多様性を失った社会と言えば、当時大きな注目を集めていた、2ちゃんねるなどを代表とする、匿名掲示板の世界と言えるでしょうか。そこでは異物は排斥され、内輪の極端な価値観が中心となる、そんな世界です。現状でも、旧Twitterなどのネットメディアでは、そういった傾向も否定はできませんが、少なくとも表面上は、ヘイトやミソジニーなどは否定されています。
僕らには、こうした未来も存在していたということです、あくまで一つの仮説ですが…。ここまでをVoicyでもお話ししています。
で、2024年も半ば過ぎました。これからの10年はどうなっていくのか、ゆっくり予測していきましょう。
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