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「数字が独り歩きする」vs.「数字に歩いて行ってもらう」

組織の中で「背景が抜き取られた数字だけが独り歩きして、いつの間にか必達目標にされてしまった」とか「昔一度だけ出せたあの数値、後から前提条件の間違いに気づいたのだが、修正することができずに苦慮している」といった経験はないでしょうか?今日は「数字の独り歩き」がなぜ起こるのか?これからのDXの時代にはリスクが高まりやすいこと、そして一定の注意の下で逆に利用する手段、について、紹介したいと思います。


数字が独り歩きしてしまった・・・

まずは起こりがちなケースを考えてみましょう。実際に著者の身の回りであったケースを元に、作文してみました。

部長 「この間報告したあの特性数値、新製品のスペック値に決まったから。きちんと再現させるように。」
部下 「えっ!でもあの数値、以前の会議で『最大でどれくらいの数値が出るんだ』と言われたから、ある一定の温度で制御された雰囲気で、という条件で出した数値で、製品の保証する全範囲で出る数値ではないですよ?事業部長もそこはご存じのはず・・・」
部長 「それが事業部長が数値だけ覚えていて、設計部長にその数値を前提に機種設計させたんだ。だからもう今更取り下げられないよ。」
部下 「そんな・・・でも、あの数値は製品の要求スペックと切り離した、デバイス単体の能力値として出しましたよね。だから製品の要求スペックによってはあの数値でなくても良いのでは?」
部長 「もう品質規格にもあの数値で盛り込んだよ。とにかく決定事項だ。あの数値を安定して実現するように!」
部下 「・・・どうしよう」

著者による

少し極端化した例ですが、このように「一度出した数字が独り歩きしてしまう」「既に説明も撤回もできない状況になってしまっている」といった問題、技術開発、設計の現場で日々起こっているのではないでしょうか?

次からの項目で、少し原因を考えてみましょう。

上司ほど関わるプロジェクトが多くていそがしい

下に簡単な図を載せてみました。
事業部長の下に4人の部長がいて、各部長が3人の課長を統括、各課長は3つのチームを持っており、各チームは1つの小さなプロジェクトを回している、という想定です。
この場合、課長は3つのプロジェクトに関わり、部長は9個、事業部長は36個のプロジェクトに関わる、ということになります。

実際には、課長のところで3つの小さなプロジェクトをまとめた1つの大きなプロジェクトにするかもしれないため、必ずしも36個の小プロジェクトすべてが事業部長に報告されるわけではありませんし、逆に事業部横断プロジェクトなどがあり関わるプロジェクトが増えるかもしれません。

とにかく、階層が上に行くほど関わるプロジェクトは多く、プロジェクトの範囲は広くなるイメージはつかめましたでしょうか?

階層が上がるほど関わるプロジェクトが多くなる
課長以上の数値は関わるプロジェクト数

ここで一つ反論が出てくるかもしれません。
「確かに上の方ほど関わるプロジェクトは多いけど、実際に動いてデータを取ってくるのは自分たちで、上の方は結果を確認するだけだから、プロジェクト数が多くなっても対応できるのではないか?」

ここに2つめの問題があります。
上層部は確かに現場でデータを取ったり、生データを確認したりしません。一方で、報告を受ける以上は上層部として何らかの判断、決定が求められます。つまり、「詳細はよくわからないけど見えているものだけで何かしら決定を下さないといけない」状況になっているわけです。

ここで次のトピックスにつながります。

分かりやすい数字には「魔力」がある

数字はあいまいなところがなく、分かりやすいです。「大きい方が良い」「小さい方が良い」「ある範囲内で中央ほど良い」といった情報とセットでたった1つの数字が書かれていると、それだけで判断材料になります。

数字は1つであること、注釈がない方が伝わります。例えば、
「今期の売上高は100億円見込みです」

「今期の売上高は1ドル=160円水準を想定すると105億円、1ドル=150円水準を想定すると95億円、そこにユーロの相場も加わるため2~3%の上下を含みます」
とでは、前者の方が圧倒的に分かりやすくないでしょうか?

分かりやすい数字にはもう1つの効果があります。上層部が判断だけに注力できるところです。例えば先ほどの売上高見込みから投資判断をしないといけない場合、後者はベースとなる数字100億円に対して10億円で10%、さらに上下2~3%で、最大15%程度の誤差から判断しないといけません。この場合、上層部側で実際にはどうなりそうか確認して、その上で推定してから判断しないといけなくなります。一方で前者では「100億円」という数値は上がってきていますから、そこからの誤差は上層部の方で見込まないといけないにせよ、一から調べる前者よりは格段に少ない労力で判断ができるでしょう。

つまり、上層部にとって、数字で報告してくれるのはとてもありがたいことです。だから世の中では広く「数字にするように」と言われており、下のように多くの本が出され、ベストセラーになっています。

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分かりやすい数字のもう一つのメリット。それは「伝言ゲームで伝えやすい」ことです。先ほどの「100億円」と「為替レートがこれだと・・・」と、覚えてましたでしょうか?おそらく前者はなんとなく覚えていて、後者は覚えていないよ!という方が多いと思います。

分かりやすい数字は伝えやすい、という「魔力」を持っているんです!

DX化、BI、ダッシュボード、でますます数字の時代に

ビジネスの現場、もしくは私生活でも、「ダッシュボード」という言葉、聞く機会が増えていませんでしょうか?

以前から私も、そして皆様も知っている「ダッシュボード」は下図のような車のダッシュボードかと思います。
スピードメーター、走行距離、ガソリンの残量、回転数(は最近少ないか)をハンドルの上にまとめて見やすくした、あれです。

ダッシュボードのイメージ(Microsoft Copilotにより作成)

そのダッシュボードが最近、DX (Digital Transformation) 化、BI (Business intelligence) の文脈で、たくさん目に飛び込んでくるようになりました。
ビジネスにおけるダッシュボードは下の絵のようなイメージです。
今までも「工場モニタリング」や株式チャートがいっぱいならんだ画面など、類似のものはあったのですが、ここ数年で一般化が急速に進行しています。

BIによりダッシュボードを確認するイメージ(Microsoft Copilotにより作成)

このダッシュボードにより、上層部が部下からの報告を待たずに判断を出せる時代の到来が期待されます。
一方で、上層部のさらに上、経営陣は、上層部がダッシュボードを使って今まで以上に素早い判断をすることを期待し始めると予想されます。そこから予想される事態は

  • 上層部が現場の声を聞く機会がますます減少する

  • より素早く、一目で判断できる情報が求められる

詳細なところでは表やグラフに利がありますが、第一報としては1つの数字を求められることが、DX化のトレンドからも予測されます。そしてそれは予測だけではなく筆者の身の周りでも起こり始めており、
「で、結論は何なんだ?」
から始まる報告会、というのも増えています。

数字化の流れが止まらないなら、積極的に数字をコントロールして「数字に歩いて行って」もらおう

ここまで

  • 数字が独り歩きする実情

  • 主に上層部側から見た、数字が独り歩きする理由

  • 分かりやすい数字が伝わりやすい「魔力」

  • DX化、BI、ダッシュボード、これらによるスピード化から、数字化の流れは止まらないこと

を紹介してきました。
それでは、結論。著者が最近意識しているのは

数字の独り歩きが止まらないのなら
数字が伝わりやすい「魔力」を持つのなら
むしろ積極的に「数字に歩いて行って」もらう

です。
これまでの話をまとめて部下側から考えると、

  • 「説明」は上層部に伝わらない、もしくは伝わるように途中段階で加工される可能性がある

  • 「数字」は上層部にそのまま伝わる可能性が高い

です。ならば、伝わらない「説明」に気をもむよりも、伝わる「数字」に伝えたいことを集約する方が、結果につながるのではないでしょうか?

とはいえ、数字なら何でも良いわけではありません。最後に、私の経験上からの注意事項を列記して、この記事の終わりとしましょう。

注意事項

  1. 選ぶ数字は慎重に:一旦歩き出した数字は止められません。上層部がどう捉えるかまで想像して、慎重に数字を選びましょう。

  2. 「代表値」を決める:数字が3つ、4つあって一つに決められない場合、そのまま出すと「で、結局はどれが正解?」と言われます。「代表値」にまとめましょう。

  3. 既知で広く知れ渡っている数字と条件を合わせる:特に開発データの測定条件に関して、です。せっかく「代表値」を決めても、それが既存の開発データと全くずれた条件の数字だと直接比較することができず、出し直しを命じられる可能性、最悪は実験自体がやり直しになります。できる限り、最大限に、既存の数字と条件を合わせましょう。

  4. 勝手にパラメータを作らない:これも開発関連。特に総合的なデバイス評価では、いくつかのパラメータの相関でベストを判断することも多いと思います。その際に既存のパラメータを統合した新たなパラメータを作っても、間違いなく話が通じません。広く世間、最低限社内、で流通しているパラメータで数字を作りましょう。難しい場合は、3.に記載した「条件を合わせる」と組み合わせてパラメータを減らします。

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