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「かくしごと」:ひょんなことから少年をかくまい育てることなった一人の女性。主演・杏の熱演が作品を支えている。

<あらすじ>
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)の認知症の介護のため、渋々田舎に戻ってくる。他人のような父との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失った少年(中須翔真)を助けた千紗子は、その身体に虐待の痕を発見。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと偽り、少年と暮らし始める。ひとつの“嘘”から始まった千紗子と少年、認知症が進行する父親の3人の生活。最初はぎこちなかったものの、次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいく。しかし、その幸せな生活は長くは続かなかった。許されないとわかっていても、なぜ彼女は嘘をついてまで少年を守ろうとしたのか。そして、ひとつの嘘から明かされていくそれぞれの“かくしごと”とは……。

KINENOTEより

評価:★★★★
(五段階評価:★が星1つ、☆が星半分、★★★★★が最高、☆が最低)

ミステリー作家として活躍している北國浩二の小説「嘘」を、「生きてるだけで、愛。」(2018年)の関根光才監督によって映画化した作品。これは結構キャスティングが絶妙で、主人公・千紗子のキャラクター像と自身の離婚問題等でゴタゴタがあった杏の明るいんだけど、ちょっと影もある俳優像というのが(本人にとっては本意じゃないかもしれないけど)絶妙にマッチしているように思います。もともと彼女は「オケ老人!」(2016年)の巻き込まれ指揮者役とか、もともとの性格からも生真面目キャラがピッタリハマっていたのですが、本作の千紗子は生真面目さというか、人生こうありたいというところがなかなかうまくいかず、それを嘘という虚栄に任せて、幻想でもいいから幸せをつかみたいという(ちょっと暴走気味の)怖いキャラでもあるのですが、それが彼女の芸風の到達点として1つ花開いているなと感じました。

作品としてメインとなるとのは、「52ヘルツのクジラたち」(2024年)にも描かれていた子どもに対するDVを巡るお話。あちらも複数のキャラクターが抱える問題がそれぞれのドラマで並行に描かれていたように、本作でも、千紗子の父親の認知症問題や千紗子自身のキャリアだったり、昔に抱えた傷など複数の問題が1つの時間軸の中に並行に進んでいきます。それが千紗子たちが起こした、ある自動車事故によって交錯する。日常のままだったら、起きえなかった千紗子と事故により記憶喪失に陥ったDV被害者の少年による、それぞれの都合のいい嘘の日常が始まることによって、一瞬問題が消え去ったのような平穏が訪れる。だが、嘘で塗り固めた日常が1つ1つはがれて落ちていくことで、ある別の悲劇へと突き進んでいくことになります。

自動車事故だったり、様々な人がついていく嘘とか、通常の頭ではいけないことと分かっていても、それによって理想の暮らしだったり、理想の関係だったりが生まれてしまうと、それはそれでいいんじゃないかと思えてきたりするもの。人の記憶というのは意外に曖昧なもので、自分が嘘で作りだした状況でも、これが本当だと認識して進んでしまえば、いずれ自分が嘘をついていたことも忘れてしまったりするものなのです。これの典型が、認知症を抱える人が欠落した記憶を都合の良いエピソードで埋めたりして、逆に周りの人を嘘つき呼ばわりしたりことに象徴されていて、上手いのは、千紗子の父親が認知症を抱え、彼の時々正常だったり、でもいつも異常だったりする行動が、後半の悲劇の引き金になったりしているところが本作の面白いところだったりします。原作は未読ですが、お話としていろんな嘘の要素がうまく組み合わさっているのが興味深いですし、演じる役者陣の理解力の高さも相まって、すごく見応えのある作品になっていると思います。

<鑑賞劇場>TOHOシネマズ二条にて


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