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クリエイティブ・ディレクターは要らない

クリエイティブ・ディレクターとは?

クリエイティブ系の職種や業種に身を置く人でないとご存じないかもしれないが、世の中にはクリエイティブ・ディレクターという職業がある。広告やWebを作る際、企画やデザインの方向性を決めたり、クライアントや制作チームとの調整を受け持つ現場監督だ。納期から逆算して、進行管理までを担う。

文字に起こすと恰好いい。ただ、実際のところ、その立場は微妙であることが多い。

クリエイティブ・ディレクター不要論

三戸政和著「営業は要らない」はセンセーショナルを巻き起こした名著だが、筆者からすればもっと要らない職業があると思っている。クリエイティブ・ディレクターやWebディレクターは、その筆頭だ。

ただ、これは目新しい考えでもなんでもない。クリエイティブ・ディレクター不要論というのは業界でもよく取り沙汰される話題である。当のクリエイティブ・ディレクターも、なかば自分要らんよなって自覚があることがほとんどだ。ないほうが、ヤバい。

誤解されないようにいうけど、筆者はクリエイティブ・ディレクターを経験したうえで、その要らなさについて痛感している。これは、とても悲しいことだけど、真実だから仕方ない。

例えば、野球の試合をするときに必要なのは、当然ながら監督やコーチではない。ホームランをバカスカ量産できる凄腕のスラッガー、それに失点を抑えるピッチャーと野手だ。仮に監督がいなくても、優れたプレイヤーがそれぞれポテンシャルを発揮すれば、試合は成り立つ。だから、大谷には監督よりも高額の年棒が支払われているのだ。ぎゃくに、野球の試合をするときに監督が3人も4人もいたって試合にはならない。ひとりかそれ以上なら、監督なんぞむしろいないほうがいい。

クリエイティブでもそれは同じだ。そもそもスキルバリバリのクリエイターからすればクオリティチェックや進行管理など自前でできてしまう。そもそも、野球の監督であれば往年の名選手が任命されるわけだから実績もスキルもあるので監督する意味もあるが、クリエイティブ・ディレクターの大半はじつのところドのつく素人である。平均年収12万ドルともいわれるアメリカのクリエイティブ・ディレクターならいざ知らず、日本のクリエイティブ・ディレクターは現場でデザインやクリエイティブができないハンパ者が次点としてなる職業というのが実態だ。だから、現場のクリエイターからの信望を得るのが難しい。CMYKとRGBの区別もつかなければFuturaとMontserratも見分けられない、CSSもJavaScriptもPHPも自前で書けるわけではない。そんなディレクターが上に立った現場には、もはや混沌しか生まれないだろう。

中小企業のクリエイティブ・ディレクターがいちばん要らない

とりわけ立場が微妙になりやすいのは、中小企業のクリエイティブ・ディレクターである。中小企業に集まる人材は総じて専門性が低いため、職域について大企業よりも曖昧だ。営業スタッフはクライアントサイドだからまだわかるとして、なにひとつ関係ないしスキルも見識もない事務屋や中間管理職、代表までもがなぜかクリエイティブの現場に口を出すことは珍しい光景ではない。やめてあげてほしい。

この場合、最もかわいそうなのは現場のクリエイターである。孤軍奮闘、バッターボックスで点を取るバッターに対して監督8人という地獄のボトルネックが完成してしまう。デザインやクリエイティブをこなせる人間は才能とスキルのある一部の人間だけだが、他人の成果物にやんややんやと口を挟んで仕事をした気になることはだれにでもできてしまうという、クリエイティブ現場の構造的な問題が最悪の形で顕現してしまうのだ。

現場のクリエイターとしては、もちろんたまったものではない。最高決裁者にディレクションを任せたほうがフィードバックの手間が一度で済むので、なるべくクリエイティブ・ディレクターの頭越しに仕事がしたい。こうした環境でクリエイティブ・ディレクターが面目を保つことは甚だ困難といわざるを得ない。

むろん、クライアントにしても、無駄な監督8人ぶんの人件費を余計に負担していることは再考せねばならないだろう。クライアントが支払った費用のうち、実際に制作に携わるクリエイターの取り分は、じつのところ半分以下なのだから。

やはり、クリエイティブ・ディレクターという職種はこの世にないほうが全員助かる、という結論になってしまう。


でも、世の中そんなもんかもしれないね、という話

ただ、これを言い出すと、じつは要らない職業というのはほかにもたくさんあるのである。勤怠管理のシステムを入れれば済むのに紙媒体に記録したスタッフの勤怠時間をわざわざ手入力しているノースキル事務屋は少なくない。クリエイティブにしろIT業界のSESにしろ建設にしろ、仕事をとってきて専門職に流すだけの中抜きなんて、どこの業界でも問題になっている。このあたりを一掃すれば、そりゃ経済的に合理的だし、クリエイターも適正な報酬を得ることができる。ただ、一方で大量の失業者が発生してしまうことは避けられないだろう。結果、治安が悪化しては、クリエイティブどころではない。

やはり、才能のあるクリエイターが仕事をして、特段スキルのない中間職種を養う。これが最大多数の最大幸福というものかもしれない。

ベンサム! 200年も前から、きみはずっと正しかったんだな……。

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