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【福島正則、川中島へ減封】1619年6月9日

【福島正則、川中島へ減封】1619年6月9日
江戸幕府が広島城無断修築の罪で福島正則を信濃川中島へ減封、蟄居させる。秀吉子飼の猛将、賤ヶ岳七本槍や関ヶ原合戦先鋒を務め清州20万石から広島50万石。戦国大名代表の人物。大酒呑みで酒の失敗は数多く黒田官兵衛家臣母里太兵衛に名槍日本号を吞み取られたり、家臣を切腹させてしまったり…しかし人間的には愛嬌もあり人望も厚く治世は緻密だった。家康死後、秀忠は人治から法治へ政治を大転換。外様大名は見せしめに使われる。その代表が正則、台風で破損した城の修築を本多正純に提出、しかし政争に敗れていた正純の届けは土井利勝にもみ消され、無断修築の罪で改易 #どうする家康 #大河ドラマ

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