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人は案外、変わることができる。――自分をチヤホヤさせて、前へすすむ。

先の状況を見通すことが難しく、どこを目指していけば良いのかわからない。何を信じればいいのか白黒ハッキリしない状況に、心がどうにも落ち着かないと悩む人も多いのではないでしょうか。

鳥取から全国に向けて「メンタルヘルスケアの仕組みづくり」を目指す公認心理師/臨床心理士の谷口さん。気持ちを専門に扱う谷口さんは、自分に訪れる苦しい状況をどう捉えて、前へ進んできたのか。

自分の「ありたい姿」を決めて、決めたことを信じて、行動してみて、行動できたらちやほやして、修正したくなったら修正して。それを繰り返していく。自分のありたい姿を持ち、何度立ち止まっても、何度でも進み続ける。そんな困難との向き合い方について聞きました。

精神医療と地域を繋ぐ

——最初に、谷口さんが現在やっておられる事業について聞かせていただけませんか?

谷口:一般社団法人Psychoro(サイコロ)は「精神医療と地域を繋ぐ」を掲げて、2016年に立ち上げた法人です。現在は「対人援助による直接的支援」「イベントを通じた普及啓発」「心理学研究や専門職に向けた教育の実践」と、大きく分けて3つの分野に取り組んでいます。

企業や団体と契約して従業員の方のケアをする他、学校機関でのスクールカウンセリング、病院での臨床などを踏まえて「地域」と「精神医療」の間にある溝を埋めることで、「安全に対話ができる社会づくり」を目指して活動しています。

まじめだけど、失敗を笑える「嬉しがり」

——谷口さんの幼少期、さかのぼれる範囲で一番小さい時の、強烈な思い出があれば聞いてみたいです。

谷口:小学校3年生だったかな。担任の先生から廊下に立たされたことがありますね。
よく友達同士で行く公園があって、その横に、地域の人たちが農機具とかを収納しているちょっとした小屋があったんです。そこに「俺らの秘密基地にしよう」って侵入して、学級会で怒られたんです。

当時の僕は学級委員とかやっていたぐらい規範意識が強くて、すごく固い「まじめな部分」があるんだけど、アドベンチャー感があることに「ぷぷっ」と吹き出してしまうような、少し乖離しているところがありました。

大阪出身というのもあって、何かそういう「ミスがおいしい」みたいなのがあるじゃないですか。そんな感じで「嬉しがり」というか、小さなことでも笑えちゃうポジティブな面があって、その時もヘラヘラ立っていた記憶があるんですよね。

だから「廊下に立たされる」というのもアドベンチャー感があって、バケツを持って立たされるような「漫画の世界の話が起こったぜ!?」みたいな。そういうニュアンスですね。
もしかすると、その時「ププッ」って笑っていたのも「照れ隠し」というか「対処」だったのかもしれないです。まじめすぎたから、嬉しがっていないとしんどかったのかもしれない。

どんな時でもメリットを探す

谷口:高校か大学の頃、凄く悩んでいた時期があったんですが、その時に「これは自分の人生について精一杯考えている時間なんだな」と思ったんです。

「悩んでいるんじゃなくて、悩めている」と捉えてみたら、沼から出てきて俯瞰的に見るというか「悩んでいてもいいか」と思えるようになって、これはひとつの発見だと思いました。

あと、悩みすぎないための判断基準はしっかり持っていて、わからないときは「カッコイイ方」を選ぼうと思ったんです。これは僕ではなくて、3つ上の兄が言っていたことなんですけど、判断に迷った時や、考えてもわからない時には「カッコイイと思った方をやる」みたいな……なんかハズいね、これ。カッコイイってなんだよ、みたいな。(笑)

——困難の渦中にあったり、失敗してつまずいている人が、「それでも、前へ」と進むために必要なことは何だとおもいますか?

谷口:そうですね。僕自身、大前提として「無駄な経験はない」と思っているんですよね。その環境にいるメリットというか、楽しいことや面白いことって必ずあると思うんです。
これは、心理学をやりながらも感じるところですけど、例えば「意志が強い」と「頑固」というのは、同じ状態のことを言うじゃないですか。同じ現象でも、考え方や捉え方を変えることで楽しくなる、だから「メリットを探す」というのが、ひとつかなあ。

僕は働きながら博士課程に行っていたので、最後の博士論文に必要なデータが思ったようにとれず、「卒業できないかもしれない」という危機を感じたことがありました。その時は「やばい、本当にどうしよう」と焦りましたが、突然「とりあえずわかっていることをはっきりさせよう」と閃いて、頭の中で「ここがこうなって、こうなって、こうだから……ここが無理だったら諦めよう」というように、細かく細分化して考えてみたら「ああ、今そんなに飲み込まれる必要はない」というところに至って、気持ちが少し落ち着きました。

以前僕が「計画通りに進んでいない」と落ち込んでいた時、知人から「それは計画通りに行ったらそこまでしか行けないよね」と言われたことがありました。確かに、理想とするイメージがひとつあるとして、その通りにいかなければ焦りになるし、不安や劣等感も出てくるかもしれないんですけど、結局そこまでしか行けないんですよね。
だから「計画通りに行くのもリスクがあるんだな」と思って……今起きているネガティブなイベントは、もしかしたら上に行かせてもらえるチャンスなのかもしれないですよ。

価値観を描くなら「鉛筆」で

——ゴールや計画を最初から決めすぎず、何が起きても対応できるように柔軟性をもたせておく、というような感覚ですか?

谷口:結果が伴うかどうかは「運」の要素がすごくあると思うので、僕は結果よりプロセスが大切だと考えています。プロセスをさぼってしまったことで結果が伴わないのはダメですけど、プロセスを真剣に考えたり、いろいろ吟味した結果、ネガティブになっても「それはもうしょうがないじゃん!」という気持ちがあって、あんまり結果を求めていないんですよ。

長期目標と短期目標の立て方、みたいな感じだと思うんですけど、「こっちの方がいいよね」ということを判断できないと進めないので、動けなくなるんですよね。でも決めすぎちゃうと、そうなった後に「ダメじゃん!」と落ち込んでしまう。だから鉛筆で書くぐらいでいいんです。マジックで書いちゃダメ。

会社で言えば「理念」とか、そういう大事な部分ははっきりさせるべきだと思っていて、逆に、そこがブレなければ方向性はあっているわけです。
個人でいうと「価値観」ですよね。「人を大切にしたい」とか、そこはある程度抽象的なものなんだけども、ぼんやりしたイメージは最低限の枠組みとして形成しておく必要があるんじゃないかと思います。「何が大事なのか」という価値観を明確にすることで、本人にも認識してもらう。そこに基づいて生きていくことで、不安に立ち向かえるようにもなる、という考え方が、専門にしている認知行動療法の考え方にあるんです。いわゆるストレスへの対処として具体的な支援と同時に、背景にあるそれぞれの価値観に気づいて、大切にしていけるように支援できたらと思っています。
これは小さなテクニックなんですけど、患者さんとお話しする時に「あなたの葬儀があったとして、参列してくれる皆様からどんな人だったと言ってほしいですか?」と想像してもらうんですよね。「あの人は仕事に生きた人だったね」と言ってもらいたいのか「良いお父さんだったね」と言ってもらいたいのか。そこに向かって「じゃあ明日から何ができますか?」と考えていくことで、その人の「価値観」に基づく生き方、つまり“そうなりたいな”と思える自分に近づいていけるんじゃないかと思います。

自分をチヤホヤする時間をつくる

——たとえば「優しくありたい」と思っても、まわりと比べてしまうと「自分って優しくない」と悩んでしまいそうです。実際どういう行動をとった時に「優しくなった」と思えるものなんでしょうか。

谷口:そうですね。それがセンスというか、感覚でやれる人なのか……そこまで定義しないとわからない、認められない、という人が多いのかもしれません。
だから、恥ずかしいかもしれないけど「私、イケてる!」みたいな、自分をチヤホヤする時間を作った方がいいんですよ。こそばゆいけど、これはもう「慣れ」ですね。

心理学をやってわかったことでもあるんですが、僕は「人は案外変わるんだな」というのを知っているんです。小学校時代からまじめにやってきて、提出物を期限内に提出したり、5分前行動をするような、時間をちゃんと守る人間だったんですけど、病院の仕事をして、逆に時間を守らなくなっちゃった。(笑)

病院の会議だと、患者さんの対応で遅れることが結構あるんですよ。会議中にピッチが鳴って抜けるのも日常茶飯事なので、そのまま流れていく。だからと言って「病院が適当」というわけではなくて、環境がそうさせているんですよね。

「今の環境に合わせていくためにはどうしたらいいかな?」というだけで、個人の人間性による問題ではないので、「ここではそういうルールなんだな」という感じで、自分を責めすぎず、細かい段階に分けて少しずつ意識していくことで、変わっていくんだろうなと思います。

——「目標を持って、そこに突き進むのが正解」だと思っていると、それが実現しなかった時、すごく大きな反動を感じてしまうのかもしれないですね。

谷口:いうよりは「どういうふうに生きていきたいか」みたいなプロセスのところに、もうちょっとフォーカスして考えられたらいいな、と思います。

実は僕、高校受験に失敗していて、入りたかったところに入れなかったんですよ。その時はかなり落ち込んだんですけど、父親から「お前が今悩んでることなんて、大人になったら、ほんまちっぽけなもんやぞ」と言われて。

これだけ聞いたら「なんだこの親父」みたいに思うかもしれないけど、僕は結構ラクになって、昔めちゃくちゃ悩んでいたこととか「こんなもんじゃん!」と思えるようになったんです。だから多分、今の出来事を15年後ぐらいに振り返ってみたら「あの渦中で何かやっていたんだな」っておもしろいと思うんですよね。

——目先のことに一点集中というより、10年20年のロングスパンで考えて視野を広くした方が、先々の自分の糧になるぞ、という感じでしょうか。

谷口:それは結構考えていますね。僕らの業界でいうと、現場の心理職から大学教員になるのは、1つの「サクセスストーリー」と考えられていると思います。なので、准教授を辞めて独立する、ということに反対される方もいました。もちろん僕のことを思っていただいての助言でした。

でも、当時の僕は「自分が50歳になったときに、どっちが成長できているかな」ということを思ったんですよ。市場価値というか、「大学教員をやる10年」と「独立してやる10年」ではどっちが面白いか、と考えた時に、それはもう「辞めだな」と。

あ、大学教員がダメたということではないですよ。僕のまわりにも、日本の心理学をぐいぐい進めている素晴らしい大学教員(研究者)の先生方がいます。ただ、僕自身がどこで一番力を発揮できるかなと考えると、大学ではないと思ったということです。他にも、家庭の事情なども考慮して、独立しようと決断しました。

自分の感情と少し距離を取って、一緒にいる

——「目標」に比べると「価値観」は評価が曖昧で、どうしたら自分が選択したあり方を「これでいいんだ」と確信できる、認めることができるんでしょうか?

谷口:そこに関して言うと、僕はこれまでの経験から「対話」の重要性について確固たる信念があるんですよ。それは個人レベルでもそうだし、会社でもそうですし、世の中でもそうなんですけど、特に「精神障害のある人とない人が、どれだけ安心して喋ることができるか」という部分を成し遂げるというか、そういう支援ができた時に「ああ、良かったよね」となって一番燃えた。だから「それをつくっていくんだ」という気持ちはブレないですし、その安心感をちゃんと伝えないといけないな、と思っています。
エゴでもいいんですけど、それをやっていくことに不安はないというか、あまり戸惑いはなくて、あとは自分がそれをやって面白いかどうか、ですかね。

——「自分のあり方」に従って行動して得られた達成感を、一つ一つ積み上げていくということでしょうか?

谷口:多分「自分の情動に従う」というのが大切だと思うんですよ。僕が今、確信を持ってこの仕事を続けているのは、病院で10年勤務して「対話」が成り立つ瞬間というか、そういうことができた時に生まれた感動があってこそだと思うので。

目標を達成できた時、僕は患者さんと握手をすることがあるんです。
「仕事に行けました」とか、不登校の子に「今週がんばってみようか」と話して、翌週「どうだった?」と聞いたら「行けた!」みたいな。そういう「おおー!」となって握手する時のブルッとくる感じ。「おっ、キタね!」「良かったな!」みたいな感じをシェアした時とか。

日々の生活の中で「これ面白いな」と思う反面、「でもこうじゃなきゃいけない」というのがあるじゃないですか。だからその時に「これを楽しいと思っちゃいけない」とか、そういう感情をあまりカバーしない。

なので、倫理観も含め自分の中で素直に出てきた情動を「まずは一時的にキャッチしてみる」ということを、何かやってみるのがいいのかな、と思いますね。

——感情とうまく付き合っていく、ということですね。

谷口:はい。一番大事なのは「切り離すんじゃなくて、ちょっと距離を置く」「距離を持って一緒にいる」ということなんですよ。だから、他人じゃなくて自分の一部というか、切り離しすぎちゃうと喜びが無くなるんですよね。

これは僕の心理職としての悩みで、臨床を始めて5年目ぐらいの時に、感情が切り離されすぎてしまったことがあったんです。自分の気持ちもわかるし、相手の気持ちもわかる。でも、本気で楽しめないんですよね。カラオケとか行っても「俺、何やってるんだろう……」みたいな感じで、いまいち入れないというか。ロボットになってしまった。

自分の気持ちを切り離して考えることは、臨床のスキルでは非常に重要なことなんですけど、そんな自分が味気なくって悩んでいました。調和がとれるようになって、今では自分の感情も「楽しいんだ」とか「それでいいんだ」と思えるようになりましたが、ベクトルとしては初めに離すような感じで、イメージとしては「距離を置いて見る」というトレーニングをしたうえで、あとは「一緒に過ごしていく」というか「おう、また一緒にやろうや」みたいな。そういう感じですね。

取材中、程よいユーモアとまじめさをバランスよく取り入れ、終始楽しそうにお話をされている姿が印象的でした。

飄々とした中にも強い信念が垣間見え、対話における安心感を常に意識されているのだと感じます。

谷口さんが「悩んでいる状態」を「悩めているんだ」と捉えたように、白か黒かの二択に囚われそうな出来事も、考え方や行動次第でいろんな色に変えられるのではないでしょうか。

誰かに優しく声をかける、会議で発言する、早起きをする、家族のお弁当をつくる。
「こうありたい」を少しでも実践できた自分を、チヤホヤしてあげてくださいね。

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それでも、前へ。
目に見えない不安や「こうあるべき」に、
自分の気持ちが揺らぎやすい時代かもしれません。

過ぎたことを後悔して、悩んで、立ち止まる。

でも、それでも、前へ。
踏み出すことを決めた人のそばには、なにがあったのか。
自分の道を力強く、自然体であるく人たちに話を聞きに行きました。

前へ踏み出すその足元が、ほんの少しでも軽くなったら嬉しいです。

企画・取材・文:YELL FOR  監修:野口 明生


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