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かわいい子は耐電力までかわいい

 ある日、オフィスで作業していたところ、チカチカと天井灯が点滅した。
 私と、隣の席に座ったケイちゃんはそろって上を見上げる。

 ケイちゃんはさらさらの髪がきれいな、私のかわいい後輩である。

「交換時ですかねぇ」
 ケイちゃんがぽつりとつぶやいた。

 この時、エンジニアとして常駐していた会社は非常に小さく、事務の女性を含めても10人程度しかいない。したがって、蛍光灯が切れたら自分たちで交換することにしていた。物置として使っている小部屋には、アスクルで購入した細長い蛍光灯が幾本か立てかけてある

 私はちょっと作業が立て込んでいたので、「そうだね」と流したが、しばらくすると、だんだんイライラしてきた。チカチカして全く集中できない。

 スッと立ち上がり、物置の方に向かう。ケイちゃんが、慌てたようにガタッと立ち上がって追いかけてきた。

「YeKuさん、私がやりますよ」
 私は振り返り、ケイちゃんを一瞥した。

 ケイちゃんは165センチ前後で、女性にしては背が高い。一方、私は女性にしても背が低い。いつもケイちゃんに見下ろされる毎日である。

 確かに、私が交換するよりもケイちゃんがやった方が効率が良いかもしれない。人には向き不向きというものがある。

「じゃあ、お願いしようかな。気を付けてね」
 とそこで、同じ居室で作業していた部長がモニタ越しに首を伸ばして、言った。
「いいよ、後で俺がやるよ」

 私はチラとだけそちらを見た後、黙殺した。私たちは交換したいのである。大体、そう言いながら、その重すぎる腰は動かざること山のごとしではないか。

 席に戻った私を背に、ケイちゃんはいそいそと物置から蛍光灯と脚立を運んできた。そして脚立を設置し、登る。私はなんとなく不安でその様子を見つめる。

 ケイちゃんが蛍光灯を取り外そうと腕を伸ばし、
「ひゃっ」
 と、突然ヤケドしたように手を引っ込めた。

「どうしたの?」
 ケイちゃんは自分の手を握り、涙目で私を見下ろす。
「バチッて言ったんです」
「えっ? 大丈夫? 怪我は?」
 誤って、通電部分に触れたのだろうか。ケイちゃんは「大丈夫です」と答えたが、目ににじんだ涙は今にも零れ落ちそうである。

 ※なお、皆さんは蛍光灯を変える際は横着せず、まずは電気を消してください。

 私は、脚立から降りてきたケイちゃんの白い掌を見せてもらった。ヤケドになってるところはなさそうである。
「念のため、手を冷やしてきなよ」
 私は言った。ケイちゃんは素直にうなずき、部屋を出ていく。

 彼女が戻ってきた後、私は立ち上がって、首をコキリと鳴らした。
「さーて、やりますか」

 ケイちゃんはもともと大きな目をもっと大きくした。
「えっ。YeKuさん、危険ですよ。バチッていいました」
「そんなの甘えだよ甘え」
 私は意地悪く笑った。
「ケイちゃんてば、蛍光灯の交換もできないなんて」

 ※皆さん、繰り返しますが、まず電気を消せばいいだけです。通電中に交換するのは危険です。

 ケイちゃんはムッと唇を尖らせる。
「でも、バチッていったんです!」
 私は「まあまあ」と言いながら脚立に上った。

 その時、部長が再び首を伸ばし、
「あーあー、いいよYeKuちゃん。俺がやるから」
 と申し出る。私は当然無視した。
 かわいい後輩にマウントを取り、尊敬されるためのチャンスを逃すことはできない!

 ケイちゃんは困ったように交換用の新しい蛍光灯を持ち、脚立の周りをウロウロする。私はまず、職人のような手つきで通電部分を避けて慎重に蛍光灯を取り外そうとする。
 成功した。

 得意げにふふんと鼻を鳴らす。
「なんだ、簡単じゃない。全く、近頃の若い子はこれだから」

 ケイちゃんはわなないた。
「でも、バチッていったんです!」
 目をパチパチさせる。

 私はわざとらしく首を振って見せた。

 取り外した蛍光灯をケイちゃんに手渡し、新しい方を受け取る。そして、通電部分に触れないよう、慎重に取り付けた。
 これも成功した。

 私は脚立の上でふんぞり返る。

「どう? 見た? これが私の実力ってもんよ」

 ケイちゃんは感動に打ち震えていた。
「YeKuさん、すごいです。バチッてしませんでした?」
「しないよ。するわけないじゃない」
 嘘である。通電部分に触ったら誰でもバチッとする。何度も言うが、電気を最初に消せ。

 私は意気揚々と脚立を降り、ケイちゃんから古い蛍光灯を受け取って、物置にしまった。

 席に戻り、同じく席についたケイちゃんに向けてファサッと髪をかき上げる。
「ま、これからも困った時は私に言うんだよ。こんなのお茶の子さいさいだからさ」
 ケイちゃんは尊敬のまなざしで私を見つめた。
「YeKuさん、すごいです。なんでもできるんですね!」
 こうして私は後輩からの信頼を勝ち得たのだ。

 以降、他に誰もいなければオフィスの蛍光灯交換は大体私がやっていた。

 ふと思う。
 ……もしかして、いいように使われているだけではないか?

 いや、そんなはずはない。ケイちゃんはステキな後輩なので、そんなこと考えない。「蛍光灯の交換が得意な先輩」として私を慕ってくれたはずである。そうに違いない。


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