「空き講どうする?」−北海道で「時間割上の時間」を表す「講」
この記事は言語学な人々Advent Calendar 2023の1日目の記事です。
もうちょっとおちゃめなタイトルにしたかったのですが,お付き合いください。
「1講休講だよ」「!!!」
北海道の大学に着任して驚いたのが,「3限」のような時間割の時間を「3講」と呼ぶことでした。同じように道外出身の大学関係者の多くはこの会話に違和感を持つと思いますが,反対に北海道の一部の大学関係者はこの会話に違和感を持ちません。つまり,北海道の大学では「講」が日常化しているのです。
なんなら勤務先の北星学園大学では事務文書や学生が作る文書にも頻繁に出てきます。例えば,北星ピア・サポーターがコロナ禍に行ったテスト前の不安解消企画のチラシ(こういうのやるんです。偉いですよねえ)を見てみると,「3講目」「5講目」が普通に出てきます。
「講」が「時間割上の時間」を意味することは,「空き時間」や「空きコマ」のことを「空き講」と表現することからも分かります。いろんな学内の文書に出てきたのをまとめてみました。
このように,「講」はおそらく北海道の大学ローカルで頻繁に使われることから北海道の方言(ただし後述するようにどこまでローカルかは余地がある),しかも大学内だけなのでキャンパス言葉と位置づけられそうです。関西地方で学年を表すのに「回生」を使うのと似てます。
どこでも「講」を使うわけではない
いつの日からか私も「講」を頻繁に使うようになり,一応北海道になじんだつもりでいたのですが,あるときどう見ても道内の大学生の話し声を聞いてる(自然傍受法調査)と、その大学生はみんな「講」ではなく「限」を使っていたのです。
あれ?もしかして「講」は北星だけ?いや,北大の人達も使ってたぞ…つまり,同じ北海道でも「講」を使うところと使わないところがあることが分かったのです。
そこからしばらくこの問題はほったらかしになっていたのですが,今回のカレンダーのこともあり,ちょっと気になったのであらためて調べてみました。
方法は道内にある大学の公式サイト上にある時間割や履修ガイドの類を見ていくというアナログなものです。サイト指定してフレーズ検索をしても見つけることはできるのですが,時間割システムで既製品のものを使うと「時限」が多くなるというのと実際の使われ方を見たかったのでこのようにしています。その結果が以下の地図になります。PCから見ると凡例から大学名も見ることができます。青が「講時」,緑が「講目」,オレンジが「時限」です。
分布の特徴
見た限りで気づいた特徴を2つ挙げておきます。
札幌圏では「講時」「講目」の類,非札幌圏では「時限」が目立つ(帯広や旭川はなぜ?)
医療系や新設の大学は「時限」が目立つ(ただし,そもそも新設の大学には医療系が目立つのでこの一般化は冗長)
これがなぜかはちょっと難しいです。まず北海道で最も古い北大が「講」で,多くの札幌圏の大学がそれに追随したのかと想像します。しかし,伝統校と呼べるはずの北海学園大学と藤女子大学が「講」ではなく「限」なことは気になります。
特に医療系は道外から招聘した教員等が多いので「講」が馴染まなかったのかなという想像もできそうです。
ちなみに北海学園大学と北海商科大学という同じ法人内の大学で別々(学園は「時限」、商科は「講目」)なのは面白いとおもいます。
「講」はどこから来たか?
そうすると「講」の由来が気になります。北海道内では北大由来の可能性が高いと思われますので,これを解く鍵は道外での使用にありそうです。道内が北大由来であるなら,北大はもともと東北大の分校*だったことから,東北大で使われていたのが来たのではないかということが考えられます。
旧帝大では「1講時」「1講目」「1時限」「1限目」の検索した結果を見ると、実は東北大の方が北大より割合が「講」の割合が高くなってます。ちなみに「1」を付けて検索したのは「時限」に「時限付き」という表現があるためです。
実際大学の時間割にも「講時」が使われています。
ただ学生の利用実態はよく分からず,Twitterでも検索しましたが「5講の時間に」のような表現がほとんどヒットしませんでした(北星の学生なんかはたくさん見つけられる)。ちなみにTwitterの検索は新しいオーナーのせいか利用回数に制限があってダメダメですね。
このように、東北大での使用割合が高いことから、東北大→北大→道内他大学というルートはわりと現実的に思えます。
どうして同志社?
それでは他の私大も見てみましょう。各地の思いついた大学で検索したところ,旧帝大とは異なり北海道での使用が多そうです。
しかし,有名私大として試しに関関同立で見てみると,同志社大学で「講時」がかなり使われていました。
もっとも,「空き講」で同志社大学のサイトを検索してもまったく出てこず,「空きコマ」と表現されていることから,学生の利用実態としては「講」は少ないのではないかと予想されます。
まとめ
北海道内の大学で見られる「講」の道内の分布と,道外の一部の大学の分布を見ました。「講時」や「講目」は道内の特に札幌圏で多く分布していることが分かりました。
同時に道外でも「講」は見られ、特に東北大で多かったことから、東北大から北大に入り、それが札幌圏の大学に広まったと考えました。
道外私大について詳しくは調べてませんが同志社大で使われていたことから散発的に使われている可能性はありそうです。ただ,道外では「空き講」のような使い方をしないことから,少なくとも「講」の高頻度,広範囲での使用はやはり北海道独自のものと思われます。
最後に、東北大での「講」はどこから来たのかが謎として残ります。まだこれは今の時点では分かりません。幸い北海道大学には文書館,東北大学には史料館があります。
これらの施設にある資料(特に時間割と教授会議事録?)を活用すると明らかになってくるのではないでしょうか。