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【#2000字のドラマ】守るべき時

「鈴木君。何時だと思っているのですか。」
 教壇で私は、チョークを片手に話した。
 誠は、何も答えず、俯き加減に教室の机に向かう。
 同級生達は、誠に注目している。
 誠は自分の席に着くと、鞄から教科書やノートを机の上に出した。
 私はネクタイを右手で整えながら誠の机の横に歩み寄った。
「どうして遅刻した?」
 誠は、チラッと私の顔を睨むかのように見たが、すぐ視線は黒板に向けた。
 「遅刻は信用を失う行為です。これは学校だけで無く社会に出ても変わりません。」
 誠は、黙っていた。
 しかし、無表情を装っていても、誠の目は苛立ちが隠せていない。
「分かりました。決められた通り、遅刻の反省文を提出して下さい。」
 私は強い口調で話すと、教壇に向かいながら教室の雰囲気を変えようと無理に明るい声で話した。
「さてと、どこまで喋ったんだっけ。さあ授業続けるぞ。」

 授業が終わり、職員室に向かっていた。
 誠が書いた二つ折りに畳んだ反省文を開いた。
 

 鈴木誠

 名前だけで何も書いていない。
 何故、理由を言わない。
 何故、言い訳を言わない。
 誠は、どちらかと言えば成績は良い方の生徒。
 これは、反抗だろう。
 危険。
 厳しく指導せねばならない。
 そう思いながら職員室に入った。
 

 職員室に入ると、桜先生が慌てた素振りで私に声を掛けてきた。
「先生。校長先生が校長室でお待ちです。警察の方も御一緒でお待ちになっています。」
「警察。どうして私に。」
「さあ、伺っておりません。刑事らしき方がお二人でした。」
 警察。
 私に身に覚えが全くない。
 とすると生徒。
 誠。
 遅刻。
 今日の態度。
 教師の勘が働いた。
 私は、慌てて教員室側からの校長室の出入口に立ち、扉をノックした。
「はい。どうぞ。」校長先生の低い声。
「失礼します。」声が震えた。
 校長室の木製机のところに立つ校長先生。
 スーツ姿の50歳代前半と黒い薄汚れたビジネスバッグを片手に持った20歳代後半の男性の二名が校長先生の木製机のところに立っている。
 校長先生が私に声を掛ける。
「こちらが担任の先生です。」
 私が三人に近寄ると校長先生が口を開いた。
「こちらは本郷警察署の刑事課の方々です。」
 二人ともポケットから警察手帳を示した。
 年配の刑事が、校長先生の机の上に置いてあるノートパソコンの画像を私に示した。
「ここに写っている人、見覚えがありますか。」
 住宅玄関の防犯カメラの静止画像。
 我が校の学生服。男。
 はっきり顔の輪郭も映っていた。
 鈴木誠。
 予感が当たってしまった。
「はい。うちのクラスの生徒です。
鈴木誠です。
何を。何をしたんですか。」
「今朝のビデオなんですが、まあ最初から見て下さい。」
 刑事はパソコンのカーソルを操作し動画を再生しようとしている。
 窃盗。
 万引き。
 無免許。
 暴行。
 頭の中を駆け回った。
 画面には踏み切りが映し出されている。無音だ。
 学校の往き返りに通る踏切だ。
「先生。この踏切ご存じですよね。」
 私は、画面を見ながら頷いた。
 踏切を通勤する人、学生、車やバイクが横断している。
 踏切の警報灯の赤い光が交互に光る。
 慌てて小走りで横断するサラリーマン男性と女子学生。
 白い普通車が踏切手前で停止する。
 遮断機が閉まる。
 70歳位の小柄の杖を持った老人男性が踏切によたよたと近づき、踏切に立ち止まらず、遮断機をかがんでくぐり、踏切線路内に入った。
 学生服姿の男子学生が走って現れて、その老人の腰を抱え持ち上げ、線路外へ運んだ。
 間一髪で電車が通過する。
「ストップ」年配の刑事の一言で動画が一旦停止する。
 通過後、老人の腰を持って支える男子学生の姿が画面に映っていた。
「拡大してみましょう。」
 拡大された男子学生の顔を見て私は言った。
「鈴木誠。うちのクラスの生徒です。」
 年配の刑事が、話し出した。
「今朝、鉄道会社と匿名の目撃者から警察に通報があってね。
踏切に入った老人を学生が助けたと。
 踏切の防犯カメラの映像を見ると、確かにその事実があったことが分かった。
 そうこうしていると警察署に、今朝、男子学生が迷子になっていた認知症の父を自宅まで送り届けてくれたと通報があった。
 赴いて家族から話を聞くと、父はまだら認知症で、目を離したすきに家を出たという。
 当の本人に聞いたら、しっかり覚えていてね。学生に送ってもらったと説明してくれました。
 先程見せた写真は、その御宅のカメラのです。」
 腰が抜けるほど安堵した。
 その一方で何故、生徒を信じなかったのかと自分を責めた。
 もう一つの疑問。
「何故、この事を話さなかったのだろう。」
「それは、黙っていることがかっこいいと思ったからでしょう。」
 年配刑事は微笑みながら続けて言った。
「老人は言ってましたよ。
踏切の事は家族に怒られるから内緒にしてくれと学生に頼んだと。
彼はその約束を守ったんですよ。」

#2000字のドラマ

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