見出し画像

vol.10 黒人男性と白人女性という構図

2020年になってからアメリカでは長年に渡り続いてきた人種差別問題が一層明らかになってきています。5月25日にミネソタ州で亡くなったGeorge Floyd氏や,ジョージア州でランニング中に射殺されたAhmaud Arbery氏,そしてケンタッキー州のBreonna Taylor氏の死など。また,新型コロナウイルス による死者数の大半を黒人が占めている事実も人種間における医療レベルや居住区,職業格差を明らかにしています。今はFloyd氏はの死をきっかけに,全米のみならず世界中の年でBlack Lives Matterを掲げたデモが行われています。日本の報道機関も連日取り上げていますので,この事件に関する詳細は省きます。代わりに,NY・セントラルパークにて起きた黒人男性と白人女性の事件について歴史的背景と共に,言及してみます。

奴隷制が消えたアメリカにおいて

まず,アメリカにおいて黒人男性と白人女性と言う構図に端を発する事件は今回が初めてではなく,奴隷制が終わりを迎えた1865年から続いてきました。1619年に黒人奴隷の時代が幕を開け,南北戦争集結まで奴隷制が存続していました。その時代から,「白人は力を持った領主又は奴隷主・黒人は白人に仕える労働力」と言う構造が築かれ,特に黒人奴隷は白人女性をレイプ又は攻撃する野蛮性があると言う幻想のもと,日々の人種暴力を成文化してきました。戦後に,合衆国憲法修正第13条が承認されると,アメリカでは奴隷制が憲法上終わりを迎えます。

しかし,奴隷制の終焉は南部人にとって最も望まぬ結果でありました。奴隷制がもたらしていた絶対的な人種ヒエラルキーは南部文化の根幹を成しており,特に南北戦争の際に南部に従軍した兵士の殆どは奴隷を保持していない貧しい白人であったことがまさにその真実を言い当てています。つまり,自らの保有する奴隷を守るために戦うならまだしも,奴隷を1人も保有していないのにも関わらず,奴隷保護のために戦うと言うことは,南部が死守しようとしたのは奴隷制そのもののみならず,白人が作る白人優越社会と白人文化でもあり,黒人を最下層に押し込め続けることでもあったのです。

元奴隷の社会進出に対して,南部白人が暴力を持って彼らの台頭を抑圧しようとしたのは想像に難くないでしょう。南北戦争後の1870年代後半より,白人至上主義団体であるKu Klux Klanが南部を制圧し,白人社会を取り戻そうと南部民主党議員がJim Crow法をいくつも制定しました。再建期が無残にも終わり,それから公民権運動が始まる1950年代まで,黒人は再び白人社会のもとで支配下に置かれることになります。

その白人至上主義社会による犠牲となった多くの黒人は,リンチと言う手法によって殺されました。Alabama州で活動するEqual Justice Initiativeによると,1877年から1950年にかけて,南部12州では少なくとも4,084人の黒人が木から吊るされたり焼殺させられたりしました。このリンチは公開行事として事前に新聞などにも掲載され,白人観衆は殺される黒人を眺め,その様子をポストカードにして販売,又は体の一部を手土産に持ち帰るなどしていました。

黒人が投票を試みたり,大声で騒いでいたなどと様々な理不尽な理由がありましたが,多くは白人女性に近寄った又は性的関係を持ったなどの言いがかりでリンチされました。白人男性と黒人女性の性的接触は頻繁に起こりましたが,黒人男性に対する白人女性への保護は非常に厳格に行われていました。人種間において白人女性であることを強調することは,黒人男性に対する白人社会の恐怖のシステムを活性化させ,実際に白人女性が黒人男性によりレイプ,暴行,話しかけられた,又は性的に見つめられたと主張したために,無数のリンチが実行されました。それに関する例を5つ紹介しましょう。

1915年:The Birth of a Nationが生んだ幻想

1つ目は,1915年に公開されたThe Birth of a Nation(邦題:國民の創生)です。本作の中で,元奴隷である黒人男性Gusが白人女性であるFlora Cameronに結婚を迫るために森林の中で彼女を追いまわし,終いには言いよるGusを恐れたCameronが断崖絶壁から飛び降り自殺をする場面があります。暗に,黒人の野蛮さや危険性を強調しており,この後はKu Klux Klan(通称KKK)をGus取り押さえ,殺害する場面もあります。この描写を通じて,解放された黒人奴隷は愚かな人間であり,気を緩めると白人女性をレイプするため,白人社会がコントロールする必要があると言う幻想を訴えました。この映画を機に,一度は勢いを失っていたKKKが再燃します。

1921年:タルサ人種暴動

2つ目は,1921年にオクラホマ州Tulsaで起きた米国史最悪の人種暴力と呼ばれたTulsa Race Massacreです。当時のTulsaはBlack Wall Streetと呼ばれていたほど,黒人の社会進出が進んでいました。その町で,とある日19才で靴磨きを生業にしていたDick Rowlan氏と17才でエレベーターガールをしていたSarah Page氏が2人きりでエレベーターに乗りました。すると,中から女性の叫び声らしき何かが聞こえ,駆けつけた人々は建物から走り去る黒人少年を目にしたと証言しました。地元新聞も黒人少年が白人女性を攻撃したと報道,裁判所はRowlan氏を勾留し,そして彼をリンチしようと多数の白人が裁判所を取り囲んでいました。一方,黒人達も武装し暴動が起きたときにはいつでも応戦できる体制を整えていました。そして,暴動が起きるのは火を見るより明らかであり,6月1日に白人が黒人ビジネス街を破壊,争いが始まりました。結果的には数百人の死者と1000人近い負傷者を出す結果となりました。エレベーターの中で生じた黒人少年と白人女性の一幕が,米国史に名を残す暴動を引き起こしましたのです。

1931年:The Scottsboro Boys

3つ目は,1931年にアラバマ州で起きたScottsboro Boys事件です。当時,Southern Railroadの貨物列車に乗っていた13才から19才の黒人少年9人が,白人女性2人(Victoria Price氏 & Ruby Bates氏)をレイプしたと告発されました。しかし,医学的証拠はないのにも関わらず,白人のみで構成された陪審員は即8人に死刑を宣告し,裁判所の外には彼らのリンチを待つ白人が集まっていました。米最高裁に持ち込むも,結局は全員が有罪となり投獄されました。

1955年:Emmett Till,14才の死

4つ目は,1955年にミシシッピ州で起きた黒人少年Emmett Tillの殺害事件です。シカゴ出身で当時14才だったTill君は,白人夫妻が営む食料品店で,白人女性であったキャロライン氏に話しかけ,異性へのアピールを示す口笛を吹いたと言われています(未だに詳細は不明のままです)。黒人少年の言動に驚き,キャロラインは銃を取りに向かい,暴力沙汰を避けようと少年たちは一目散に逃げて行きました。その夜,激怒したキャロラインの夫であるブライアントは,友人と共にTill君の滞在場所を探し出し誘拐しました。そしてブライアント達は14才の少年を殴打,射殺しタラハシー川に投げ捨てました。3日後,非常に損傷の激しい遺体が川に浮かんでいるのを地元少年2人が見つけます。彼の母は南部の人種差別の残忍さを全米に知らすべく,息子の死体を公開しメディアにも多く取り上げられました。南部の人種問題を知らずにいたTill君は,無残にも白人社会の標的となり,ブライアントは無罪になり事件は幕を閉じました。

1989年:セントラルパーク・ファイブ

5つ目は,1989年4月19日にNY・セントラル・パークで起きたCentral Park Five事件です。その日の夜,ジョギングをしていた28才の白人女性,Trisha Meiliがレイプと暴行を受けて血だらけの状態で警察に発見されます。その後,ニューヨーク市警は十分な医学捜査をしないまま,当時14〜16才だった黒人4人とヒスパニック系1人の計5人を事件の容疑者として逮捕します。しかし,2002年に真犯人が見つかり,同時に彼ら5人は弁護士の支援もなく,警官により虚偽の供述と事件の自白を脅迫されていたことが判明しました。ここにおいても,黒人男性と白人女性という構図と人種的偏見が存在しており,「黒人は危ない」という差別的な社会不安が米国社会の根底にあり続けていることを見ることができます。この事件を題材にしたWhen They See Usというドキュメンタリー映画をNetflixから観ることができます。

2020年:通報されるアフリカ系アメリカ人

そして,2020年5月25日,同セントラルパークで,バードウォッチングをしていた黒人男性(Christian Cooper氏)が犬の紐を付けていなかった白人女性(Amy Cooper氏)を注意したところ,女性が警察に通報する出来事がありました。African-Americanという言葉を強調し,黒人が彼女と犬を脅していると人種に動機付けされた事件です。アメリカでは,白人であるだけで特権(White privilege)となることが多く,この際にも「アフリカン・アメリカン」という単語を連呼することで,自ら白人女性が黒人男性によって攻撃されているという人種構図を再び持ち出したのです。

また,翌日にCooper氏が攻撃的な人間でないことを証明するために,彼がハーバード卒であり温厚な性格の持ち主であるといった投稿が目立つようになります。しかし,この風潮に関して,米・ワシントンポスト紙は黒人が人間として尊重されるためには学歴や犯罪歴,人格などをわざわざ提供しなくてはならない,つまり黒人は人間であるだけでは尊重の対象にならないアメリカ社会の闇を暴いています。

Often, when a black person is harassed, or worse, well-meaning people try to illustrate their humanity and harmlessness by highlighting a resume, trying to draw out evidence of the black person's innocence by noting their education and talent, rather than emphasizing that simply being human should be enough.

引用:The Washington Post "Christian Cooper shouldn't need a Harvard degree to survive birdwatching while black"

終わりに

黒人男性と白人女性という人種間構造,そして白人であることの特権をもってすれば,黒人を社会の底辺に押しやること可能な社会であり続けてきました。黒人に脅されたと一言発するだけで,人種隔離を徹底する白人至上主義者は彼を誘拐し殺害,または裁判所に駆けつけ牢屋から引き出してリンチを行ってきた歴史がアメリカにはあります。

次回は,George Floyd氏のデモに触れながら,公民権運動後に度々起きてきたプロテストの歴史をお話しする予定です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?