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ヤザキユキエ
2020年12月31日 08:27
いつもの温泉からあがって、いつもならいつもの喫茶店に向かうところ、喫茶店は年末年始のおやすみということで、ぽかぽかした身体のまま帰宅して、ぽくぽくと甘栗などを食べながらお茶をいれながら、大きな郵便局が開くまでの時間をのんびりと過ごしています。今日は編み物をせず、せっかくの一人の年末なので、出かけるまでの間、お茶を飲みながら1年を振り返っているのですが、「距離」の取り方を習得することができた、す
2020年12月30日 07:25
今朝は一気に雪が降って、いつもの喫茶店の窓の外が白い景色とランプの灯りでとても綺麗です。大好きな人とそのお母様に向けて編んでいる帽子もどんどん編み進んで、うまくいくと今日発送することができるかもしれないと、そのことも私をごきげんにしています。今日もこれから帽子のラストスパートに向けてどんどん編んで、今年の振り返りや来年について考えるのは明日にしようと思っています。 #エッセイ #日記 #me
2020年12月29日 09:32
普段、いつもの喫茶店からスマホで作文をしている私なのですが、寒さのためか、機器の寿命なのか、スマホの調子が著しく悪かったので(すぐに充電ゼロと言い張って動かなくなる)、「まあこれはゆっくり編み物をせよということかな」と思い、手帳に編み段をメモしながら、すうっと編み物の世界に没頭していました(今帰宅して、スマホを充電しながらこれを書いています)。喫茶店の窓の外は今朝も雪がちらついて、同じ窓に映り
2020年12月28日 07:48
昨日私は編み物の時間のことを「ぐっと集中状態に入り、深く静かな場所に入り込むような」「触覚とリズムで編み、視覚でそれを確かめる作業だけに入り込む、貴重な時間」と書きましたが、これはどうもちょっと普通ではない感覚のようで、自分の特異さを改めて思っています。例えば「ラブとエロの具体的エピソード以外の意味わかんないものは書かなくていい」という意見もあったりして、私はそのことをずっと考えてきたのですが
2020年12月27日 08:17
「編み物はほんわかしていていいですね」と言われることがあるのですが、過集中のクセがあり、よく「修行僧のようだ」とか「ストイック」などと言われる私にとって編み物は、まさに精神修養のような、集中のための修行のようなもので、今回も「早く帽子が欲しいの」とする友人のため、年末の寒波が来る前になんとか届けたいと、がむしゃらに編んで、つい今しがた、なんとかこれを編み上げたのでした。時折大きく息を吐き出
2020年12月26日 07:24
タイトルの写真は昨日のもので、今朝はいつもの温泉にも喫茶店にも行かず、閉じこもっています。といっても気が塞いでいるわけでは全くなく、今編んでいる友人の帽子について、「ここまで編めば新たな模様編みゾーンだぞ、がんばれ」と頑張ったのち、その模様編みゾーンに入った途端、編み図の読み方を間違え、頭をはてながよぎりながらも、つい今しがた「あー、わかった!」となった、この一連のことに数時間使っていたという
2020年12月25日 07:20
昨日は、「休むことをないがしろにしてはいけない」「応援なく頑張るというのはしんどいから、自分で自分に「感謝」できるような仕組みを作ろう」「評価からは距離を置いて、心安らかに生きていけるよう、「感謝」と仲良しになろう」といったことを思った日でした。今朝も窓の外の雪を眺めながら、自分をできるだけ、静かにごきげんにさせられる場所に置くこと、「ハレ」よりもどちらかといえば「ケ」を愛すること、そんなあり
2020年12月24日 07:34
人というのは、きちんと休んだり区切りをつけたりしないと、前日の余計なものを勝手に引き継いでしまうものなのだなということを思っています。前日の疲れが取れないでいると、前の日にくさくさしたりして疲れた気持ちが寝ている間に解かれることなく、逆に心の中で育ってしまう。昨日は寝不足で「交渉」的な仕事に臨んだのですが、どうもその疲れの影響が残っていたようで、目が覚めた今朝、編み物をしながら「何のために私は
2020年12月23日 07:34
昨日の朝全部解いた編み物を、昨晩と今朝で復元し、そのアランの模様の美しさを見ながら「ああ、昨日全部解いて本当によかった」と、昨日の自分に感謝している朝です。編み物にせよなんにせよ、過去の自分を正当化せず、面倒くさがらず、「あ、もっと美しい模様を織りなすことができるチャンスがきた!」とうれしく思った方がいいのだなぁ。 #エッセイ #日記 #memento #miknits
2020年12月22日 07:41
昨日は急遽の早朝出勤のために、朝の温泉も喫茶店も行けずじまいだったのですが、今日はいつものこれらを取り戻し、ああ、幸せだなぁ、ありがたいなぁと思っています。こうして幸せな気持ちになって、喫茶店で編み物を続けているうちに「あ、ここはこう編むのか!」と気づいて、するすると全部解いたり。この解いていく毛糸の感触、次に編むときにはより美しいものができるというワクワクに、いわゆる失敗すらうれしくなって。
2020年12月20日 07:33
温かい部屋から雪が舞うのを見るのが好きです。露天の温泉に浸かりながら雪を見るのも好きです。外を歩くと「ひえー」と思い景色を愛でる余裕もなく身体がすくむので、除雪をしてくださる方に感謝しつつ、私は温かい場所に閉じこもって。もうちょっとで編み終わって、また次の方に向けて編めるぞと意気込み、休憩を挟みつつも編み物に没頭する時間も好きです。たぶんですけど、縄文人が縄文式土器を作ってたのと同じような気持
2020年12月19日 07:42
「とじているようで、ひろがっている」というのは、私が「編み物部」と名付けている、友人のみなさんに毛糸キットを送っていただいてそれを編み上げてお届けするあそびを称しておっしゃっていただいた言葉なのですが、今朝もまた温泉あがりにいつもの喫茶店の窓からうっとりと雪を見ながら、「とじているようで、ひろがっている」というのはつくづく理想的なありようだなということを思っています。自分がたのしくて夢中に
2020年12月18日 07:33
アートも理論も共感を求めるものではなく、ただ自分が「美しいなぁ」などと思いびっくりしたことをそのままに出す、岡本太郎の言葉を借りれば「誤解の満艦飾」で「爆発」させて表に出すことをいうのだなと、今朝温泉あがりの雪の中を、喫茶店に向かって歩きながら、すっと思ったのでした。私は今まで、あまりにも「共感」とか「理解」を欲してきたのかもしれないけれど(そして同時に、毎度毎度失望をしてきたのだけれど)、こ
2020年12月17日 07:31
私が編み物をし始めたのは、東日本大震災の後、「ほぼ日」さんが三國万里子さんのコンテンツを立ち上げるようになって、そこで編み物の基本講座的な内容を拝見したり、編み物キットを購入してチャレンジし始めたりしたことがきっかけなので、編み歴は8年くらい前になるのでしょうか。今では「ひとり時間」の大切なお供として私の心を支えてくれているばかりか、最近になって、「大好きな方々に毛糸を送っていただいて、できあ