分かると思います

 ここでは僕の言い訳を聞いて欲しいのです。本来、この言い訳ってのはね、僕の友達に向けて発せられるべき言い訳なのですが、せっかくの機会なのでお話させていただきます。僕の友達の名前を仮にYとします。

 Yは僕より年が上で、僕より10センチほど身長が低いです。Yというのは僕のアルバイトの先輩で、職場では唯一友だちと呼べる存在なんです。その決して細いとは言えない見た目は、なんだか2月のコーギー犬をいつも連想させます。その丸みを帯びた快活なお顔はいつもにっこりしています。

 そんな彼もきっと昨日の夜は珍しく虫の居所が悪かったみたいなんです。

 Yと僕はアルバイトが終わるといつもしているように仲良く二人並んで帰ってたんです。Yはいつも真剣に話します。家族のこと、趣味の絵のこと、ジーパンのサイズのこと、滝のこと。
僕はいつも真剣に聞きます。Yのお母さんの話、画材道具の話、エドウィンの話、岩肌の話。
Yの話は若干面白さに欠けるけど、ちゃんと持論を持ってるから聞いていて安心できるんです。それにYは同じ話をしません。たぶん記憶力がいいのでしょう。だからこそ、僕の「相槌」の引き出しの少なさにカチンと来たのかもしれません。

「ちゃんと聞いてる?」不機嫌そうな顔をしています。どうしてでしょう。
「もちろん聞いていますよ」
「あ、そう」Yは大げさに頷きます。僕には少し悪意のある芝居のように見えました。
「僕の何がいけないのでしょう」本当は立ち止まってYに訊きたいくらいです。
「お前の「分かると思います」っていう相槌、俺気に入らないんだよ。なんか適当だし、それにいつも「はい」ばっかりだし、つまらないんだったらそう言ってくれよ」

 正直に言って、この一瞬僕は冷や汗をかいていました。僕もYの話にはいつも賛同してばかりで、そのことは少し気にしていたので痛いところを突かれた気がしました。でも僕はYの話におかしいところは無いから「はい」と言っていたのです。それでいいじゃありませんか。それに僕は少しでもYとの会話に彩りを加えようとしたのです。過去、僕は「分かると思います」という返事を開発した時、とても嬉しくなったものです。

 Yは少し気まずさを感じたのか、それとももっと僕を咎めたかったのか分かりませんが、こう言いました。
「ほんとちょっと変だよな、お前」
そしてそのままいつもの交差点で別れました。

 僕は変ではありません。そのくらいは知っています。変と言われた時は何も返事しませんでしたが、僕は変ではありません。しかしYも変ではないはずです。どちらか一方が相手のことを変だと思っても、どちらか一方が決まって変であるはずもないからです。
 僕は変だと言われたことよりも、そんなことよりも「分かると思います」を否定されたことが納得できません。それにYに対してそれは効果が無かったことが残念に思いました。もうYに対してそれは使えないのですから。
 先ほども言ったように、僕は空返事をしてYの話に屈しているわけではありません。ましてや適当に聞き流しているわけでもありません。本当に分かると思うのです。だからそう言うのです。分かる、説明しろと言われたら無理だけど分かる気がしそう。それに分かってあげたい。もしかすると「分かります」と決断するにはまだ早いのかもしれない。まだ相手の話が終わっていないっていうのもあるし、僕はまだ知らないことが多すぎるからそれを「分かります」と言いきってしまうのは危険だ。こういうことです、僕の「分かると思います」っていうのは。それには理解についての深い考察があったのです。僕は誰よりもYの話を真剣に話を聞いているのですから……

 僕はYに対して怒りなんて感情は沸きません。僕の相槌への否定のことも、変と言われたことも、僕は何も怒っていません。ですがとても困ったことになりました。これから僕はどうやってYの話を聞けばいいのでしょうか。